見てるだけ
彼ら夫婦には子供がいなかった。
だから、寝室には二人しかいない。はずだった。はずだったと言うのは、もう一人誰かがいるのだ。ちょうど妻の足下。ベッドの端に誰かがいる。
もう、深夜だ。そこに誰かいるのはおかしい。そもそも、親友でも寝室のそれもベッドの端にいる事などあり得ない。では、誰なのだろう?
長い髪。白い衣服を、ワンピースのようなものを纏い、しゃがみながら妻を見ている。
「う、ううん。」
もうすぐ嫌いな季節、冬が訪れる。寒さのせいなのか、それとも乾燥した空気に喉が渇いたのか、妻は徐々に眠りが浅くなっていった。右に、左に寝返りをうち、そのうち目を覚ました。
「喉が渇いたな・・・。」
ゆっくりと起き上がった。が、途中で止まった。
「だ、誰?」
血の気が引くのがわかる。いるのだ。隣にいる夫以外の誰かが、自分の足下にいるのだ。
「だ、誰?」
「・・・。」
何も答えない。
目が悪いから、はっきりとは見えないが、どうも女のようだ。
「誰なのよ・・・。」
声が震える。隣にいる夫を見たが、疲れているのだろう。妻の様子にまるで気がつかず、深い眠りについたままだ。それでも何とか起こそうと試みるが、体がこわばり動かない。たった数十センチの距離がもどかしかった。
「ねぇ、誰なの?」
「・・・。」
やはり返事がない。
ここで彼女は思い出した。まだ子供の頃の話だ。

目が悪い彼女は、やはり今日のように夜中に目を覚ました。そして、今日と同じように見てはいけないものを見た。うろたえた。しかし、実際には恐怖の主は単なる壁に掛けたコートだった。目が悪いが故のちょっとした笑い話になっていた。

「なんだ・・・見間違いか・・・。」
納得する為にも独り言を言った。
その時だ。声がした。
「見てるだけぇ。」
恨み辛みがこもっている声。恐怖を体の芯から呼び覚ます声。その声で、妻に言った。

妻は叫んだ。
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