約束
 痛みをごまかし、映画館に行くことにした。


 できるだけ後ろのほうの席に座る。木原君は飲み物を買いに行くといってすぐに席を離れてしまった。

 今流行の恋愛映画ということで、私達と同じか、少し年上の恋人同士に見える人たちが多かった。私達もそう思われているんだろうなと思うとくすぐったい。


 目の前に半透明なプラスティックでふたをされた飲み物が差し出される。私はそれを受け取ると、木原君にお礼を言った。彼は私の隣に腰を下ろす。

 彼の買ってきてくれた飲み物を口に含ませると、辺りを照らしていた明かりが一気に落ちる。そして、映画の本編の上映が始まったのだ。映画の途中に時折木原君を見ると、彼は真剣な顔をして映画を見ていた。

 あまり恋愛物は好きではないと言っていたが、物語に触れること自体が好きなのかもしれない。

 私は痛みがましになってきた足にそっと手を伸ばす。


 映画が終わり、館内の複数のライトが点る。周りの人も立ち上がり徐々に人の姿が少なくなる。

「帰ろうか」

 私は深呼吸をして立ち上がる。だが、椅子に座っていたのが逆に負担を感じやすくなっていたのか、歩き出してすぐに足に痛みがある。

 彼が私の荷物を取り上げた。


「今日は帰ろうか」

「大丈夫。まだ、ごはんを食べてない」

「また今度来よう。そのときはもっと歩きやすい靴を履いてさ」

「ごめんね」

「いいよ。俺も連れまわしてごめん」

 木原君に謝らせるくらいなら、スニーカーを履いてきたら良かった。

 映画館を出たところで彼はすぐにタクシーを止めてくれ、それに乗り込むことにした。
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