約束
 そういう晴実の手を背後から握っていた。彼女の細い指先が私の指に引っかかる。

「野木君ってもしかして晴実の好きな人なの?」
「違う」

 彼女は振り返ると、口をすぼめ、どこかいじけたような仕草をしていた。肩を落とす。

「私だけ隠し事をするのはフェアじゃないよね。昔のだよ。昔の」

 今の彼女の反応を見ていると、「昔の好きな人」に思えない。

「どんな人?」

 晴実はなかなか口を割ろうとしない。唇を結び、首を横に振る。

いつも大人びていて私にいろいろアドバイスをしてくれる彼女のそんな姿が逆に新鮮だった。同じ年だと実感できるからだ。


「木原君の友達なんだよね」

「木原君のバカ」

 晴実はそううめくように言うと、その場に座り込んだ。

「大昔に告白して振られたの。ただそれだけなんだよ」

「でも、今でもすきなんだ」

「好きだよ。でも、失恋しちゃったから、終わったの」

 私の言葉を否定することはなかった。彼女は一瞬だけ寂しそうに笑った。そのときの悲し気な表情がが胸に刺さる。

 晴実を振るなんて贅沢な人だと思う。晴実は美人で、男からも人気があった。運動が苦手な私からすると、彼女のように運動神経が抜群だと羨ましくてたまらない。

成績も中の上くらいでそこまで悪くはないと思う。誰とでも親しく話すし、友達も多い。料理なんかも普通にこなせるし、非の打ち所もないタイプだと思う。


「今日、その人と会うんだ。だからノートを預かったの。宿題をするのを忘れていたんだって」

「デート?」

「違うよ。ただ、買い物につきあうだけだよ」
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