ノラネーコだんしゃく
その日以来、だんしゃくを見た人は一人もいない。

だんしゃくは町から消えちまったんだ。

魚屋にもパン屋にも、横丁にも、屋根の上にもいなくなった。ホテルに出没することもなくなった。

だんしゃくはつかまらなかったが、駅は建てかえが決まって、今工事の真っ最中だ。結局、ツナ缶1年分は、誰の手にもわたらなかった。(たぶん、市長が毎日食べてるんだろうよ。)

毎日、穏やかな一日のくりかえしさ。日干しのサケは今日も風にゆられているし、パン屋のパンも時間どおりに焼きあがる。レストランだって、テーブルをひっくり返される心配をする必要がなくなった。ホテルのそうじ係も、赤いじゅうたんにからまったネコの毛とかくとうすることもなくなった。横丁ではじいさんやばあさんが、日なたぼっこをしてうとうとしている。酒場の裏じゃ、見習いたちがあくびをしながら、つまらなそうにじゃがいもの皮をむいている。町の上を、昨日と同じ形をした雲が流れている。

だんしゃくがいなくなって、みんなうまく行ってる。だけど、なんだか、ついふり向いてしまうのさ。ずんぐりとしたネコや、黄色い毛のネコ、曲がったしっぽのネコと町ですれちがうとね。

ちょっとひまがあると、つい、だんしゃくがどうしてるのか考えてしまう。みんなそうだ。あいつ、お腹すかせてるんじゃないか?あいつ、うんがに落っこちたんでかぜでもひいたんじゃないか?ってね。

こないだ、魚屋のだんなが店の裏に、アジをのせた小皿をこっそり置いているのを見たんだ。次の日行ってみたら、アジのわきに、ちっちゃなバターロールもそえられてあった。

そう、みんな、だんしゃくのことが気になってしょうがないのさ。(ちなみに、魚屋のだんなはそれをかみさんに見つかって、耳を思いきりつねられていた。やっぱり、女はつよい。)

だんしゃくは、あの時のけががもとになって死んじゃったんじゃないかって言うやつらもいるが、それはちがう。だって、あのだんしゃくだよ?あれくらいのことで、へこたれるわけがない。

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