i want,

視線をドアに戻し、もう一度呼び鈴を押そうとした。

その瞬間だった。


「いないよ、そこの家」


不意に後ろから声が聞こえて、あたしの心臓は飛び上がった。
思わず振り返ると、多分近所に住む小学生であろう男の子がいた。

「いない…?」

あたしが聞くと、男の子はコクンと頷いて続ける。

「引っ越したもん。こないだ」
「…え?」
「おっきいトラック来ちょったし。母さんも引っ越しちゃったわぁって言いよったけぇ」

それだけ言うと、男の子は学校帰りのランドセルを鳴らしながら帰って言った。

ガチャガチャと鳴る音を聞きながら、目の前がゆっくりと揺れる。


『引っ越したもん』


焦点の定まらない視線のまま、あたしはゆっくりと歩き出した。
しばらく歩き、裏道へ続く角を曲がった瞬間、膝の力が抜ける。

そのままぺたりと、その場に座り込んだ。


『ばいばい』


手のひらの力も抜ける。
白いヒカルの残した紙が、地面に落ちる。
すれた音が、嫌に耳に響く。

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