不機嫌な令嬢とイケメン家政夫には、ある秘密がありました。
 一昨年、十二月二十三日。
 神戸にフラリと立ち寄った私は、小さなバーで運命の人を見つけた。

 ダウンライトの下で微笑むあの人は、桜乃宮創士様の面影によく似た素敵な男性だった。桃花様を愛し、無償の愛を与え続けた創士様。その創士様に似た男性ならば、こんな私でも愛して下さるかも知れない。

 いつもこんな大胆な行動をとるわけではない。見ず知らずの男性と一夜を共にしたのは初めてだった。その私が躊躇することなく、彼と一夜を共にした理由……、それはその男性に運命的なものを感じたから。

 ーー港の見えるホテル。
 ベッドのサイドテーブルには、サンタの飾りがついたクリスマス用の小さな赤いキャンドル。そのキャンドルには『ご自由にお持ち帰り下さい』とホテルからのクリスマスならではの気配り。

 実年齢より幼く見える容姿を誤魔化し、自分を偽るために濃いめのメイクで素顔を隠し、赤い口紅と赤いマニキュアをつけ私はその男性に抱かれた。

 夢のような夜を過ごし、夜が明け、私が目を覚ますとその男性はもう部屋にはいなかった。

 残されたものは、枕元に置かれた赤いクリスマスカードだけ。ツリーのイラストに『Merry Xmas』と印刷された市販のもの。そこにはメッセージも連絡先もなかった。

 恋の魔法は……
 朝日が昇るとともに解けてしまった……。


 ◇

 去年の正月、桜乃宮家で強盗事件があり世間を騒がせた。そのことがきっかけとなり、私は桜乃宮家のメイドとして再び働くこととなった。

 初めて太陽様と顔を合わせたのは、その翌日。太陽様の面影に……半信半疑ではあるが、あの夜出逢った男性ではないかと疑念を抱く。

 太陽様の前に立つと、過剰に意識しドキドキと鼓動が高まり失敗ばかり。

 太陽様が私に気づけば……
 これは運命の恋。

 ーー『南ちゃん、以前……俺と何処かで逢わなかった?』

 太陽様が気付いてくれた……?

『め、滅相もございません。太陽様が創士様のご子息とは存ぜず、昨日までのご無礼をお許し下さい』

 でも……太陽様は……
 私が鈴蘭だとは気づかなかった。

 ーー太陽様はあの夜の王子様ではなかったのだ。

 全て私の妄想、運命の相手と再び巡り逢える奇跡なんて、この世にあるはずはないのだから。

 太陽様を意識するあまり、メイドでありながら私は太陽様に恋をした。

 でも、片想いの恋は……
 呆気なく終わりを告げる。

 太陽様がこのお屋敷を去ることになったからだ。

 お別れの日、私は太陽様に花束を渡した。
 もうこれで、私の恋も終わり。

 さようなら。
 太陽様……。

 雲の隙間から顔を出した太陽の光が眩しくて思わず目を閉じる。リムジンに乗り込まれた太陽様が、最後にこう仰有った。

 ーー『……鈴蘭、二月二十三日。神戸のバーで待ってるよ。必ず来てくれ』

 その言葉に……
 夢ではないかと……
 体が震えた。

 でも……
 太陽様の視線は、私ではなく三人のお嬢様に向けられていた。

 その時、ピンときたんだ。
『Christmas rose』の香水が、太陽様を惑わせていたのだと。

 太陽様は……
 あの夜を覚えていて下さった。

 一夜の遊びではなく……
 覚えていて下さった。

 もうそれだけで……十分。
 今更、私が鈴蘭だと名乗り出ても……
 何ら変わりはしない。

 ◇

 今年、桜乃宮家に御祝いごとが続いた。蘭子お嬢様と向日葵お嬢様が御結婚され、百合子お嬢様が太陽様と御婚約されたのだ。

 私の尊敬する桃花様の愛娘である百合子お嬢様と恋に落ちた太陽様。運命の女神はお二人に赤い糸を結んだ。

 悲しくはない。
 嫉妬心もない。
 もう終わった恋だから。

 寧ろ……
 お二人の幸せそうな姿が……
 何よりも嬉しかった……。

 ただ……
 あの夜のことは百合子お嬢様にも、誰にも知られてはならない秘め事。

 私は百合子お嬢様に頂いた口紅とマニキュアをタンスの引き出しに収めた。

 引き出しの中には、あの夜使用した赤いマニキュアと口紅、そしてサンタの飾りがついた赤いキャンドルと色褪せた赤いクリスマスカードが入っている。

 今月末で桜乃宮家のメイドを退職し、このお屋敷を去る私。

 ーーいつかきっと……

 三人のお嬢様のように……

 私も小さな恋の花を咲かせてみせる。

「これは持っていこう」

 ポケットから『Christmas rose』を入れた小瓶を取り出し、引き出しから赤いキャンドルを掴み、引っ越し用の段ボール箱に詰めた。

 『Christmas rose』は、私を一夜だけのシンデレラに変えてくれる魔法の香水。

 赤いキャンドルの愛の灯が……
 まだ見ぬ私だけの王子様と、煌めくようなシンデレラストーリーを叶えてくれると信じて。

 
 ―――I'll go on a journey of self-discovery.







 ~THE END~


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