ロ包 ロ孝
 それからおよそ一時間後。やっと地面に降ろされた賊は、既に虫の息だった。

救急隊員が手早く応急処置を行うが、賊は見る間に包帯だらけになっていく。酸素マスクと点滴を繋げたまま、ストレッチャーは救急車に飲み込まれた。

「俺、坂本さんが『【空陳】を使え』って言った時……恐くて声が出ませんでした。
 ……撃たれた所は平気ですか?」

 心配そうな声で栗原は聞いてきたが、その顔は俯いたままだ。

「俺なら大丈夫だ。ほらこのスーツ、只の金喰い虫じゃないぞ?」

 銃撃された所は少しほころんだ位で、目立った傷にもなっていない。

瀕死の賊を乗せたパラメディック救急車が走り去ると、俺達はようやくヘルメットを脱ぎ、カムフラージュのペイントをクレンジングした。

「でも……だから、里美さんだけは守ろうと思って……」

 里美は何も言わず栗原の肩を引き寄せ、頭を撫でている。

「俺も賊の足は折ったし、背中も切り裂いた。許可無しでやりたい放題だ。責任は俺がついでに取るさ」

  ピリリピリリピリリ

「もしもし古内だ。えっ? ……そうか、解った……報告ご苦労」

 携帯を切った古内警部補が沈痛な面持ちで告げる。

「残念ですが……午前5時24分、犯人の死亡が確認されました」

「ぅおぉぉぉぉおっ!」

 栗原は叫び声を上げながら駆け出し、そのまま俺達の前から姿を消した。


∴◇∴◇∴◇∴


「おはようございます」

「ああ、おはよう。今日も栗原は来てないかい?」

「ええ。気を付けて見てはいますが、生憎……」

 受け付け嬢とのこんなやり取りも、もはやすっかり定着してしまっていた。栗原が姿をくらませてからもうひと月になる。


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