ロ包 ロ孝
「ああ、何を言っても全然聞こえないんだね!」

 舘野さんは耳から補聴器を取り出すと、俺に見せながら言う。

「このガラクタは、鼻から息を入れると調子が戻る時も有るんだが、どうやら電池が切れちまったみたいだ。
 ちょっと交換してくるんだね」

 なんだ! 補聴器の具合が悪かっただけか!

ちょこまかと店の奥へ消えて行く舘野さんを見送りながら、俺は安堵の溜め息を吐く。

汗で身体にベッタリと貼り付いたYシャツの不快感が、この数分間の(無駄な)死闘を物語っていた。


───────


「ああホレ、もうこれで大丈夫なんだね」

 電池を替えて戻ってきた舘野さんにまた最初から説明し、三浦達の事を改めてお願いする。

「三浦さん達は良くやってるよ。坂本さんの部下だったんだね」

 彼女は満面の笑みを浮かべながら「この杏にどーんと任せるんだね」と胸を叩いた。

『鉄子の部屋』で三浦が言っていた、「蔑みの言葉である『新波』を、いつしか畏敬の念を込めた敬称に変えさせたい」という願望を叶える為、俺も微力ながら力添えが出来そうだ。

手元に蠢声操躯法の巻物が無ければ、そして祖父が居なければ、俺だってここ迄早い上達は有り得なかっただろう。逆に全くの劣等生だった可能性も有る。蔑まれ、嘲笑され続けてきた三浦達の気持ちがどんな物だったか、想像するに難くない。

斯く言う俺も『新波』では無いが、音力の上位修得者達には鼻持ちならない『エリート意識』のような物を感じていたのだ。

俺達のように会社員として空き時間を過ごす道を選ばず、その時間は全てエージェントとしての修練と己を磨く為に充てる選択をした三浦達に、心からエールを贈りたいと思った。


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