蒼月の燕
序ノ章『魔と人の境界』
瞬間、強力な霊撃が少女の身体を吹き飛ばした。
衝撃の割には痛みはさほどない。しかし、魔力が流れ出ているような感覚。
−−ような感覚、ではない。少女と相対している妖に魔力を吸い取られている。
魔法を扱う者にとって、魔力は生命力に比例する。魔力が失くなってしまえば、それは死を意味する。
よって長期戦は不利。一気に片付けるしかない。

吹き飛ばされた身体が地面に触れる直前、受け身の姿勢を取る。同時に懐から苻石を取り出した。
手慣れた動作で着地し、体勢を立て直すと同時に彼女の持つ苻石が光を放った。
詠唱完了。魔力が少女の身体を包み込む。
「…喜びなさい。私をここまで追い詰めたのは、あなたが初めてよ」
少女、蒼月リアは勝利を確信したような笑みで、妖に語りかける。
「…とびきり強力な魔法をお見舞いしてあげる。あの世で自慢するといいわ」
妖は無言のまま立ち尽くしている。
渾身の霊撃を受けてもなお余裕の笑みを浮かべるリアに恐れをなしているようだ。
「…初めて使う魔法だから、痛かったらごめんなさいね」
右手を前に差し出し、掌を妖に向ける。
その表情は余裕の笑みを浮かべているが、身体は小刻みに震えている。
書き上げたばかりの魔法を使うのにはかなりの勇気が要る。天才幽殺師と謳われるリアにとっても例外ではない。
…魔力が収束してゆく。目を閉じ、詠唱を始める。
同時に妖が動き始める。空気が振動するほどの雄叫びをあげると、リアに向かって突進してきた。

「…成れ」

瞬間、世界が歪み極太の閃光が妖を貫いた。
空気が音を立てて震えている。閃光は妖の背後にあった鉄骨さえも薙ぎ倒し、直線を描いて飛んで行く。
リアは詠唱を続ける。その顔は苦痛に歪み、額には汗が浮かんでいる。

妖が消滅したのを確認して、リアは詠唱を止めた。
膝を附き、右肩に左手を添える。
「はぁっ…! はぁっ…!」
大の字になって火照った身体を風に晒す。
しばらくの時間、そうしていた。

呼吸が落ち着くと、動かない右手を抱えながら上体を起こす。
「…素晴らしい破壊力」
直線上に続く焦げ跡を眺めて呟く。
「…屋上じゃなかったら大惨事だったわ」
苻石を拾い、ゆっくりと立ち上がる。
「…恐ろしい能力、ね」
誰に語るわけでもなく呟き、苻石を制服のポケットにしまった。
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