恋する受験生


リビングからはいい匂いがしていた。


お父さんの夕食を作っている途中だったもんね。



「お父さん、ご飯まだなの?」



「そりゃそうだ。かわいい娘が家出したっていうから、心配でご飯どころじゃなかったよ」




かわいいとか言われて、どういう顔していいかわからない。



「こんな娘がかわいいの?」



「そりゃかわいいよ。ひとり娘だからつい口うるさく言ってしまって、紗江のストレスを考えたことがなかった。紗江の気持ちを話して欲しい」



「かわいくなんかねーよ!」



照れ臭くてまた生意気な口調が出る。




お母さんは、落ち着かない様子でお父さんの夕食を作り始めた。


ソファに座った私は、隣にうさぎのぬいぐるみを置いた。




「かわいいぬいぐるみじゃないか」


「このぬいぐるみのおかげで、勉強頑張ろうって思ったの」


「誰にもらったんだ?」


「すごく優しい高校生。私ね、別に受験とか勉強が嫌ってわけじゃない。でも、毎日締め付けられてるみたいで苦しい。今やりたいことができないのは、受験だからだってわかるけど、時々は息抜きもしたい」




息抜きなんて、生意気なことを言って、お父さんに怒鳴られるかも知れない。


前にもそんな話をして、怒られたことがあった。



「お母さんも悪かったわ」


夕食を運んできたお母さんが静かに言った。



「今日は朝からずっと勉強していたのに。1時間くらいドラマを見せてあげれば良かった」



「お母さん……」



来週のドラマ見せてってお願いしようと思ったのに、お母さんの方からそんなことを言ってくれた。






< 22 / 80 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop