恋する受験生
リビングからはいい匂いがしていた。
お父さんの夕食を作っている途中だったもんね。
「お父さん、ご飯まだなの?」
「そりゃそうだ。かわいい娘が家出したっていうから、心配でご飯どころじゃなかったよ」
かわいいとか言われて、どういう顔していいかわからない。
「こんな娘がかわいいの?」
「そりゃかわいいよ。ひとり娘だからつい口うるさく言ってしまって、紗江のストレスを考えたことがなかった。紗江の気持ちを話して欲しい」
「かわいくなんかねーよ!」
照れ臭くてまた生意気な口調が出る。
お母さんは、落ち着かない様子でお父さんの夕食を作り始めた。
ソファに座った私は、隣にうさぎのぬいぐるみを置いた。
「かわいいぬいぐるみじゃないか」
「このぬいぐるみのおかげで、勉強頑張ろうって思ったの」
「誰にもらったんだ?」
「すごく優しい高校生。私ね、別に受験とか勉強が嫌ってわけじゃない。でも、毎日締め付けられてるみたいで苦しい。今やりたいことができないのは、受験だからだってわかるけど、時々は息抜きもしたい」
息抜きなんて、生意気なことを言って、お父さんに怒鳴られるかも知れない。
前にもそんな話をして、怒られたことがあった。
「お母さんも悪かったわ」
夕食を運んできたお母さんが静かに言った。
「今日は朝からずっと勉強していたのに。1時間くらいドラマを見せてあげれば良かった」
「お母さん……」
来週のドラマ見せてってお願いしようと思ったのに、お母さんの方からそんなことを言ってくれた。