ブラッティ・エンジェル
 締め切った窓とドアに影が映るたびに肩を震わせては、そのシルエットがあの銀髪でないと確認し、ほっとする。その動作を朝から繰り返していた。
 そんなに怖いなら部屋に引きこもっていればいいのに、星司はそれをせずにカウンターに座っていた。手に握られているのは、先日届いた手紙。カウンターに散らばっているのは以前もらった手紙。古いものなのに痛んでいないところをみると、大事に取っておいたのがわかる。
 誰にもさわらせたことも読ませたことも存在を教えた事のない、手紙の山。
『来世でも会えますでしょう』
愛しい字で書かれた残酷な言葉を、幾度となく読み返した。
 答えは、出ない。出るわけがなかった。
 2つの考えが心の中で平行線を張っていた。
 アイツがしたいことがあるなら、そうさせてあげたい。今を過ごせなくても。
 アイツとの今が大事なんだ。来世なんか知ったこっちゃない。アイツを止めたい。
 星司は一度、全ての考えをはき出すように深く長いため息をついた。
「ため息をつくと幸せが逃げるそうだヨ」
不意に聞こえた声に、星司は驚いて立ち上がった。がたんと大きな音を立てて、座っていた椅子が床に倒れる。
 星司の見開いた瞳に映っているのは、銀髪、そして、あの貼り付けたような笑み。
「そんなに驚くことかナ?ホントに今日はどこに行っても邪魔者扱い。失礼だヨネ」
肩を落としてがっかりそうにしている姿が、相変わらずわざとらしい。
「わかってるヨ。サヨチャンが来る前にだよネ。キミも、ボクを非難するのか」
誰と話しているのかわからないが、少しだけ時間ができて星司は落ち着くことができた。 セイメイといったか。こいつが来るということは、ヒナガへの返事に関することだ。
「お引き取り願おうかねぇ。まだ決まってなくてね」
それだけ言うと、星司は手紙の山に目を落とした。嘘はつけないから。
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