-roop-
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誠さんの足音が聞こえなくなった。

また再び白い部屋に静寂が戻る。




頭を撫でられた時の…遠慮がちな手の温もりがまだ私を支配していた。



無理しなくていいと、そう言った誠さん。



そんなわけない。


早く……早く自分のことを思い出して欲しいに決まってる。

握り締めた手に応えて欲しいに決まってる。


マルボロの箱に反応した私を見たときの、期待するような彼の瞳。


そして、私が首を横に振った時の、どこか自嘲的にも思えるような微笑み。



無理して思い出さなくていいだなんて

そんなこと思ってるわけない。



『誠さん』



私がそう呼んだときの、彼の絶望にも似た表情。

全ての感覚が止まってしまったような彼の表情は、私の胸の奥を締め付けた。




ふとカレンダーに視線を向ける。

赤いハートで囲まれた唯一の場所。




二人の約束を私と彼が果たすことで…

ねぇ千夏さん…


貴方は本当に救われる?



愛しい人の偽物と約束を果たすことで…



ねぇ……

誠さんは本当に救われる…?

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