ひとひらの願い―幕末動乱―
かっこいいと思えるほど、まだ心に余裕があった。


「渡す物、あってな」


手を懐に入れ、彼は何かを取り出した。

その何かを、私の手のひらに乗せた。


「鈴……?」


手のひらを見ると、小さくころころとした、丸い普通の鈴が乗せられていた。

鈴が何の意味を持つのか、私には知る由もなかった。


「迷子にならんようにな。持っとくといい」

「迷子…? どうしてですか?」


私が迷子になることは、そう簡単にはありえない。

みんながいるから。
その背中について行けばいいだけだから、迷子にならないと思っていたのだけれど。

いや、迷子なんて考えもしなかった。


「―もうあんたとは、会えない気がするんや…」

「山崎さん…」


悲しい顔をして、そう口にした。

もう会えないって思っていたのは、私も同じなのに。

そんな悲しい顔されたら、今にも私は泣きそうになってきた。

会えない辛さや会えたことの喜びが、こんなにも感情を揺るがすなんて、知らなかった。


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