エクスペリメント

　活気溢れる街の中心に聳え立つ遥か上空まで伸びる巨大な塔。
　その高さだけでなく、街を二分するほどの直径を持つその塔は街のシンボルであると同時に恐怖の象徴でもあった。
　その塔は『ベルフォーレンの塔』と呼ばれ、このＭＭＯＲＰＧ（オンラインロールプレイングゲーム）『エクスペリメント』において唯一のダンジョン。
　ベータテストを経て、今からおよそ２ヶ月前に公式サービスが開始された『エクスペリメント』は、当時ネットゲーマーの間で大きく騒がれた。
　その理由は『エクスペリメント』をプレイするにあたり、元来のハードとコントローラーや、パソコンとキーボードといった媒体を使うのではなく、『ゲームバイザー』と呼ばれるまるで異色の媒体を使用したまったく新しいシステムを用いたことだ。
『ゲームバイザー』は耳を覆うヘッドホンに目を覆う為のガードが付いたバイクのヘルメットのような形をしており、内蔵されている器具でプレイヤーの脳から発せられる微弱な電気信号を読み取り、それを現実世界ではなくゲームの中にそのままトレースする。
　簡単に言えば、『ゲームバイザー』を装着している間は自分の意志で自らの体を動かすことは出来ず、代わりにゲーム内での自分の分身、ＰＣを自分の体と同じように操作することができるのだ。
　ゲームのソフトは『ゲームバイザー』に内蔵されており、目を覆うガードはプレイヤーに『エクスペリメント』の世界を見せる。
　限りなくリアルに違いＭＭＯＲＰＧ……それが『エクスペリメント』

「あの……本当にありがとうございました」

　ダンジョン、『ベルフォーレンの塔』の第十七層から帰還して、街に戻って来たところで異眼の少女は紅衣の青年に対して改めて感謝の言葉を贈る。
　ＰＫ達が青年を恐れて転移した後、青年はＰＫされかけて不安定な少女の身を案じて共にプレイヤー達の出発点である『アーレイベルグ』に戻ってきた。
　このゲームにはなぜか蘇生アイテムといったものが存在しない（今のところ確認されていない）為、戦闘不能になってしまったプレイヤーは強制的にこの『アーレイベルグ』に戻される。
　ＰＫされた仲間達と合流する為にも、少女には一度街に戻る必要があったのだ。