Devil†Story
室内に入ると窓ガラスは全て割られており、あちこちに落書きがされていた。


「何処もかしこも汚ねぇな…。マスクもう少し持ってくりゃ良かった」


口元をコートの袖で覆ったクロムが悪態をつく。稀琉は稀琉で別なものを警戒している。


「階段を探してさっさと行くぞ」


「う、うん…」


工場内は何処も荒れており、酷い有様であった。カビ臭い匂いが室内に充満しており、数十年放置されたままになっているのが明白だ。足早にクロムと稀琉が階段を探している時だった。


ーーバァン!

「!」
「ヒッ!」


稀琉がビクリと肩を震わせた。奥から何かが当たる大きな音がし始めた。


「なっななな…何…今の…」


「…なんかがぶつかる音がすんな」


「いっ…行くの…?」


「…あの馬鹿かもしれねぇだろ。ビビってないで行くぞ」


怯える稀琉を他所にクロムは歩みを早めた。その後も一定間隔で音が鳴り続けている、音の鳴る方へ進むと廃棄されたままになっているロッカーが目の前に現れた。その内の1つが揺れており、そこが音の発生源になっているのが分かった。ゴクリと稀琉の喉が鳴る。


「開けるぞ」


クロムの言葉に稀琉は構えながら黙って頷く。ロッカーの取手に手を掛けて一気に引くと中から誰が出てきた。


「…女?」


「ッ…!ーーってアレ?この人さっきオレが見た…?」


中から出てきたのは黒髪で白いワンピースを着た女性だった。手足をロープで縛られており口にはガムテープが貼られていた。女性は怯えた目で2人を見ていた。


「あっ…!大丈夫ですか?」


唖然としていた稀琉だったが、すぐに女性に駆け寄り優しくガムテープと外し、手足のロープを解いた。


「あっありがとうございます…」


口が自由になった女性は怯えが残る瞳を2人に向けた。


「いいえ。それより何があったんですか?」


「…えっと……」


恐らく警戒しているのだろう女性は目を伏せた。それを汲み取った稀琉は優しく女性の手を握って「大丈夫ですよ。オレ達は2階に居た女性を助けに来たんです」と微笑んだ。…生きた人間だと分かった瞬間にこれかよとクロムは呆れていた。


「ほ、本当ですか!?その子って…」


「ピンクブラウンの巻き髪、水色の花柄のワンピースを着ている女性ですよね?」


「!そっそうです!」


「安心してください。オレ達は貴女を捉えた人達とは無関係なので。良かったら何があったか話してくれませんか?」
   

稀琉の言葉に少し考える素振りを見せた彼女だったが決心がついたようでぽつりぽつりと話し始めた。


「わ、私…後輩の、ののかちゃんが糸花さんに連れて行かれるのを見て…追いかけてきたんです…。糸花さんはあまり良い噂を聞かないから心配で…。さっきようやく見つけた助けようとしたんですけど…捕まってここに…」


「!」


そう言う女性は縛られていた手首をギュッと握った。糸花とは恐らくターゲットの事を言っているのだろう。それに気づいた2人は顔を見合わせアイコンタクトを取った。…なるほどな。稀琉が見た女はこいつだったのか。上で捕まってる女を助けようとしてた所を丁度見て、稀琉が俺の腹に肘打ちを食らわせている間に捕まったって事か。


「おっお願いです…!助けてださい!」


稀琉の肩を掴んだ女は必死な様子で頼んで来る。…俺1人の時じゃなくて良かった。あんなベタベタ触られたらたまったもんじゃねぇし。つーかこの女…甘ったるい匂いすんな。水商売の女だから仕方ないかもしれねぇけど…こないだのクソ神父の時といいくせぇな。俺は再度鼻と口をコートで覆った。ロスじゃねぇが人工的な匂いは好きじゃねぇんだよ。そんな俺の考えなど知らない稀琉は笑顔で返していた。


「もちろんです。怖い思いをしましたね。大丈夫です!ののかさんも助けますから。急いで助けてここから早く出ましょう」


稀琉の言葉に女性は安堵したようにその場にへたり込んだ。その時に稀琉の足に手が触れ「あっごめんなさい…」と慌てて手をどかしていた。稀琉が「大丈夫ですよ」と返すと明るい表情になっていた。


「ありがとうございます…!えっと…そっそちらの方は…?」


稀琉を見る目とは違って怯えた目を俺に向けた女はおずおずと聞いてきた。


「あぁ。彼はオレの友達です。あはは…ちょっとすみません」


そう言って俺の方に来た稀琉は小声で(ちょっとクロム!怖がってるからフードとってよ!それに鼻と口覆わないで!顔が殆どわからないじゃない!)と叱責してきた。


「こんな汚ねぇところで脱げるか。つーかこの女の香水がくせぇんだよ」


普段通りの声の大きさで返すと稀琉が慌てて、鼻と口を覆っていた俺の手を使って口を押さえてきた。


(シー!!声が大きい!失礼だよ!)


「離せボケ。本当の事だろ。大体俺が愛想良くすると思ってんのか。そういうのはてめぇの仕事だろ。さっさとしろ」


稀琉の手をとって言い返すと女が「あの…?」と声を掛けてきた。慌てて稀琉は振り返り笑顔を向けていた。


「あはは。すみません。えっと彼は人と話すのが苦手なので気にしないでください。それで…ののかさんが居る場所まで案内を頼めますか?」


呆れたようにオレの方をチラリと見た稀琉だったが、すぐ女の方を向いた。


「わ、分かりました…。ののかちゃんの場所ですね。任せてください。こちらです」


すっかり稀琉を信用した女は立ち上がり案内を始めた。…こういう時は役に立つよな、こいつ。俺なら面倒だから放っておくからな。稀琉は女の隣に行って安心させる為なのか話し続けている。その後ろを俺も黙ってついて行った。進んでいくと奥の方に扉があり、そこが階段となっていた。表示は掠れていたのでこの女がいなければ時間がかかっていたかもしれない。階段を登り終わり2階に出ると広い空間だった。しかし何故か息苦しい様な感覚があった。…埃っぽいからか?違和感を感じたが気にせず進む。


「あの…失礼かもしれないんですが…お2人はお仕事か何かですか?同じロゴが衣類についてるので…」


唐突に女は稀琉の帽子を指差して聞いてきた。俺のコートにはフードについていたので目に入ったのだろう。


「え?あぁ、これですか?違いますよ。同じブランドが好きなんでお揃いになってるだけです」


稀琉は困ったように笑いながら返した。一瞬、言うのでは無いかと警戒したが真意を隠していた。


「そうなんですか…?そのロゴって…何処かのカフェのだった気がしたのですが…」


「…」


女の言葉に俺は立ち止まる。…やけに詳しいな。確かにBCのロゴはグッズとして一般販売もしている。しかしそれを買うのはコアなファンだ。値段もそこそこするそのグッズの存在を知ってるのは少ない筈なのだが…。


「そっそうなんですよ〜。よく知ってますね。オレ達、あそこのカフェのファンで」


稀琉も一瞬言葉に詰まりつつ女に返していた。
< 100 / 539 >

この作品をシェア

pagetop