ひきかえせない・・・
「話がある」
私は、キッチンから早足で夫の元に近付く。
「転勤になった」
体から力が抜けて行くのが、自分でも分かる。
「子どもの幼稚園が冬休みに入ったらすぐ引越しだ」
それじゃあ、誠吾のLIVEに行けない。
「クリスマスが終わってからでも大丈夫?」
「年末年始の休み明けに着任すればいいから、大丈夫だろう。 それより、転勤先聞かないのか?」
「あっ! そうよね。 どこなの?」
誠吾のLIVEのことばかりに気を取られて、肝心なことを聞いていなかったことに気付く。
「どこだと思う?」
暗い顔して帰宅したのに、今の夫は少し意地悪そうな表情だけれど、微笑んでいる。
「早く言ってよ! ねぇ」
夫は、すぐに答えない。
私は、夫が言ってくれるまで、瞳を見つめながら待つことにした。
「言うよ! いい?」
うなずく私。
「と・う・きょ・う!」
「ほんと? 戻れるんだ、東京に!」
夫のさっきの暗い表情は、演技だったんだ。
私達が生まれ育った東京に戻れるんだから、嬉しいに決まっている。
「お互いの両親、喜ぶだろうな。 そんなことより、部屋探ししなきゃな。子どもの幼稚園や、先の学校のこともあるしな」
夫の声を遠くで聞きながら、私の頭の中には『誠吾のいる東京』という絵しか思い浮かばなかった。
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