不器用な指先

冷たい廊下は、触れた部分だけじゃなく、全身の血液からその温もりを奪っていく。

身体がグラついて、今此処にいるのが、自分ではないようだった。


開いた瞳孔からは、半ば無意識に涙が流れている。


何かに押し潰されそうになって、上手く声が出せない。


叫びたくて

叫びたくて

苦しくて仕方ないのに、その方法が分からない。


「…っあぁ…あぁ…っ」

荒い呼吸の中で、声にならない何かを、必死で紡ぎ出そうとした。

なのに


苦しくて息が出来ない。
苦しくて息が出来ない。

ドクドクと大袈裟なくらいに脈打つ心臓。


冷えた廊下にしゃがみ込み、大きく肩を揺らしてただひたすら鳴咽を漏らす。


苦しい。

苦しい。


「…実冬ちゃん…」


崩れ落ちた私の肩を抱くようにして、信一さんがゆっくりとかがむ。


信一さんの影で微かに暗くなる視界。

その背後では、金切り声を上げて息子の名を呼ぶ、女性の声が響いている。


違う。

こんなの

こんなの嘘だ。

嘘だ。

嘘だ。


透が

透が

透が



『初めまして、城澤透です』



『実冬…って呼んでもいいかな…?』



『ずっと…傍にいて欲しいんだ…』




透が――――――




「あああああーーー!!」

叫びたかったのは

溢れさせたかったのは

今になって

痛いほど知る

透への想い。



帰らぬ人への

想い。


今更になって恋い焦がれる

温かい手と低い声。


帰って来ない

帰って来ない

帰って来ない



もう二度と


透は

帰って来ない

< 59 / 75 >

この作品をシェア

pagetop