雪に埋もれた境界線
「いやぁ、すごい待遇だよね。明日の面接で一人だけ受かるってことかぁ。受かった人はラッキーだよ」

 木梨がお酒のせいなのだろう、顔を赤らめながら上機嫌の様子だった。
 
「全くです。受かれば私は会社員なんて、躊躇せず辞めるのになぁ」

 会社員の座間も青白い顔を赤らめ、太い声を張り上げていた。

「ハハハ、そりゃそうだ。私だって受かれば、清掃員なんて辞めて屋敷でのんびり暮らしますよ」

「でも受かるの一人ってさぁ、超運が良くないとダメじゃん」

 二人の会話を聞いていた久代が、ワインのグラスを手に持ったまま口を尖らせた。

「そうよね。私だって運が良くて受かればパートなんかすぐ辞めて、木梨さんが仰るように屋敷でのんびり暮らすわ」

 相馬はテーブルに肘を付き、どこか遠くを見ながら寂しそうな表情を見せた。しかし、その目には鋭さも含まれているような気がした。 

「陸君、君はもし受かったら、居酒屋のバイトは辞めて、屋敷に住むのかな?」

 木梨が突然、陸に話しを振ってきたので、考えあぐねてから落ち着いた口調で答えた。

「それはないかもしれません。贅沢をしてしまったら、今までの自分が変わってしまう気がするんですよ」

 一同はどよめき、会社員の座間が大きい声を出した。

「えーっ! 陸君は真面目だなぁ。私なんて会社辞めて、贅沢したいって思ってるのに」

「私も座間さんと同じですわ。陸君はあまり欲がないのねぇ」

 座間と相馬はそう云うが、陸は欲がないわけじゃないのになぁと内心思っていた。

 確かにお金はたくさんあればあった方がいいに決まっている。でも俺は、屋敷で贅沢して、のんびり暮らすだけの生活は性に合わないし、そんなことをしたら今までの自分とは全く別の人間になってしまうようで、何となく怖いのだ。大学で心理学を学んだせいもあるのだろうが。

「財産の半分って、どのくらいなんだろうなぁ。それに黒岩玄蔵ってのが死ねば、半分と云わず全部の財産が転がり込んでくるんじゃねぇ〜か」

 誰にともなく高田が、タバコの煙りを吐き出しながら云う。

 それを聞いた候補者達の目は、ギラギラと光ったように見えた陸は、暖房の効いた部屋で、寒くないのにも係わらず、何故だか分からないが身震いした。


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