雪に埋もれた境界線
 十二月三日当日、陸のアパートから屋敷までは、電車で八個目の駅で降り、そこからはバスかタクシーで向かうのだ。しかし、バスは三時間に一本と少なく、午後二時に間に合わなくなるので、陸はタクシーを使うことにした。

 屋敷は山中に建っているらしく、駅からタクシーで二時間ほどかかった。

 タクシーに乗っている際、運転手にさりげなく、黒岩玄蔵なる人物のことを訊いてみたが、地元のタクシー運転手でさえ、何も分からないようだった。

 しかし、妙な噂だけはあると、運転手は声を低くして語ってくれたのである。


「あの屋敷はね、噂じゃ、中に入ったら出て来れないと云うんだよ。何でも、屋敷には怪物がいて、人を食べてしまうんだとか。まぁ噂だからね。実際は、あの屋敷の使用人が、時々街まで買い物に来るらしいから。誰かが冗談半分で、その使用人に怪物の話しを訊いたらしいが、そっけなくされたという。きっと、根も葉もない噂に気分を悪くしたんだろうね。あっ、もう見えてきた。あそこに建っているのが、屋敷だよ。何度見ても不気味だなぁ」


 愛想の良い運転手は、片手で屋敷を指さしていた。
 陸は運転手に云われた通りタクシーの窓からその方向を見ると、雪が降りしきる中、お化け屋敷を連想するほど不気味な洋館が建っていた。森に埋もれるようにして建っている大きな洋館は、建てられてから随分と、長い時が経ったことを知らせるのに十分なくらい、洋館全てを蔦が覆って、不気味さに拍車をかけていた。そんな洋館の屋根には、雪が降り積もり、陸はそれがとても異様な光景に思えた。


「ここだよお客さん。それにしてもすごい屋敷だな」


 タクシーの運転手は、屋敷の門の前で車を停めると、ハンドルを抱えるようにして、目の前の屋敷をまじまじと見て、吐息混じりに云った。



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