アリスズ

「お…」

 よろよろしながら、景子が神殿から出てきたのは、すでに太陽が大きく西に傾いた頃だった。

 丘の上から見る夕焼けが、とても美しい。

 菊は、その夕日から景子に顔を移した。

 手には、少し短くなった枝を持っている。

「スズナスズシロホトケノザ…」

 足取りの変な景子は、発言まで変だった。

 何故か、春の七草を暗唱しているのだ。

 とても衝撃的なことが、中で起きた──菊に分かることは、それくらいだった。

「景子さん…」

 近づいても自分に気づかない彼女に、声をかける。

 そこでようやく、景子ははっとした。

「あ、あ…菊さん」

 そして、慌てて後方を振り返るのだ。

 自分が出てきた、大いなる神殿を。

「大丈夫?」

 問いに、景子はコクコクと頷く。

 まだ、言語中枢は復活していないようだ。

「今夜は、この町に泊まりかな? どこかに、宿を探そう」

 とりあえず、彼女は落ち着く必要があった。

 どこかに座り、何か飲む必要がある。

「あ…」

 町に向きかけた菊の服が、掴まれた。

 景子が、何かを言いたがっているようだ。

 ゆるやかに、彼女が言葉を探すのを待った。

「木のとこの家…話行ってる」

 ようやく出たそれに、菊は了解した。

 あの若奥様と、ちびっこの家だ。

 景子が神殿にいる間に、既に伝達が行ったのだろう。

 ということは、枝の件は、よい返事がもらえたということか。

 枝が短くなっているのは、一部を神殿に捧げてきたからだろう。

 この案件だけを見る限り、景子はうまくやったに違いない。

 残りの問題は。

 この大きな衝撃の元が、何であるか──それだけだった。
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