アリスズ

 都の北側は、農園になっていた。

 農園まで込みで、外壁に囲まれているのだ。

「元々は、籠城用の畑だよ。いまは、どこも攻めてはこないから、都の人間が食べるための野菜が主だけどね」

 中暑季地帯である。

 北側でも、十分な日照と気温が約束されている。

 灌漑施設にも、きちんと手が入れてあった。

「この内畑は国の持ち物だよ。イデアメリトスの御方の持ち物、と言ったらいいかな。管理は農林府がやっているけど、農林府の畑はもっと向こうにある」

 ネイディの言葉など、景子にはもう聞こえていなかった。

 しゃがみこんで、土に触っていたのだ。

 悪くない。

 いろんな野菜を作っているおかげか、土はそこまで痩せてはいなかった。

 改善の余地はあるが、優先順位からすれば後回しにしても大丈夫だろう。

 土を掘り返していると、細長いミミズのような生き物が顔を出す。

 あっという間に、地中に潜って行ってしまったが。

 にこにこ。

 景子は、顔を緩ませながら、それを見送る。

 土に味方してくれる生き物に違いない。

 次に、野菜の葉や茎を見る。

 見たことのない植物も、そこにはたくさんあるのだ。

 食べたこともない。

 表を見る、裏を見る、根っこを見る、匂いを嗅ぐ、一枚失敬して噛んでみる。

 苦い。

「ハハハハ…それはまだ成長途中だぞ。花が咲いた後に実がなる。それがうまいがな」

 顔をしかめている景子の後ろで、笑い声が上がった。

 豪快な笑い声だ。

 驚いて振り返ると、そこにネイディはいなかった。

 代わりに立っていたのは、髪を長く長く編み、もみあげから続く顎髭をたくわえた男性。

 男盛りの渋若い気を、太陽の下で惜しみなく放っている。

 アディマと同人種の、肌と瞳をしていた。

 この町に住む半分が、そうなのだから珍しくはないだろう。

 髪が長いので偉い人のようだが、畑に詳しい。

 農林府の役人だろうか。

「食べごろの同じ野菜なら、向こうの畑にある…行ってみるかな?」

「はい!」

 こんな良いお誘いを、景子が断るはずなどなかった。
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