アリスズ

「何をしてるのかね?」

 畑から、しっかりと熟した野菜をもぎりとりながら、男は景子に声をかける。

 彼女が、地面にはいつくばっていたからだ。

「この畑の土は、あっちとちょっと違うみたいなんで…」

 ごそごそ。

 景子は、土の感じを確かめていた。

 土質そのものが、軽めでさらっとしているのだ。

「ああ、ここから北西は、もともと湖があったところだからな」

 顎髭に触れながら、男も足元を覗き込む。

「太陽に負け、干上がったようだがな…ハハハ」

 そこは、笑うところなんだろうか。

 豪快に笑い飛ばされて、景子は苦笑するしか出来ない。

「だが、都の外に流れている川から水を引いているから、水の心配はないし…街中には井戸もある。水の心配はないぞ」

 説明に、なるほどと頷く。

 ここは昔、湖の中だったのだ。

「土というよりは砂地ですね…水をたくさんあげなきゃいけないから大変でしょうね…それとも、この作物は水を大して必要としませんか?」

 景子は、指の間から抜ける砂を見ながら唸る。

 彼女は、きわめて真面目に地面にへばりついていた。

「アッハッハッハッハ!」

 なのに、だ。

 突然、男は大笑いを始めるではないか。

 ぎょっとして、景子が顔をあげなければならないほど。

「植物病とは聞いていたが…本当に、根っこから病気のようだな」

 どこに病気があるのかと、景子は慌てて左右を見回した。

 しかし、男の視線は彼女をド真ん中で貫いている。

「わ、わたしですか?」

 景子がおそるおそる自分を指すと。

「他に誰がいるのかね。異国の女よ」

 彼の、金琥珀の目がぎらっと光った気がして、ぎくりとする。

 景子のことを、この人はいろいろ知っているのだ。

「ええと、すみません…どちらさまでしょうか?」

 おそるおそる、誰なのか確かめようとする。

「ザルシェイダハクシス・イデアメリトス・カラナビル16と名乗らせてもらおう」

 相変わらず、この国の人の名前は長いなあ。

 景子は、必死に音を記憶しようとしたが、解読するまでに若干時間がかかってしまった。
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