アリスズ
☆
「ア…ディマ」

 信じられない声で、景子は彼を呼んだ。

 空気の塊が、ひとつ大きな抵抗の後、自分の口から吐き出される。

 ああ、と。

 刺されていないと分かってはいたのに、こうして無事な姿を見た途端、心底安堵した自分がいたのだ。

 高級な訪問者に、驚き戸惑っているネイディは、慌てたように部屋の端に逃げてゆく。

「大丈夫かい? ケイコ」

 アディマは、鎮痛な瞳を彼女に向けてくる。

 その瞳の深い翳りは、きっと事件のせいなのだろう。

 あああああ。

 恥ずかしさが、全身に押し寄せる。

 彼は、景子になどにかかずらっている暇などないのだ。

 自分は何をしているのか。

 余計に、心配を増やしてしまっただけではないか。

 景子は。

 急いでソファから足を下ろす。

 そして、すっくと立ち上がろうとした。

 のに。

 かくんっと、膝が崩れそうになるではないか。

 慌てて何かに捕まろうとして、そのままソファに逆戻りしてしまう。

「ケイコ!」

 近づこうとするアディマを、彼女は何とか手を持ち上げて止める。

「だ、大丈夫! 私は大丈夫だから…」

 大丈夫じゃないのは、アディマだし、ダイだ。

 情けない自分を、景子は心底恥ずかしく思った。

 そんな彼が。

 薄く、薄く微笑んだ。

「ダイエルファンなら…大丈夫だよ」

 その言葉を。

 景子は、全身で噛み締めた。

 何も考えられなかったし、何も言葉に出来なかった。

 ただただ。

 涙が出た。

「何もかも…大丈夫だよ」

 側に近づいてきたアディマが、優しく頭を抱いてくれる影で、景子はぼたぼたと涙を落とすので精一杯だった。
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