アリスズ

 アディマたちは、今度こそ旅を成功させるべく、旅立って行った。

 見送りはできなかった。ロジューが、行かなかったからだ。

 景子は、今度こそ彼らの無事を祈りながら、温室の完成を急いでいたのだった。

 だが、数日後。

「まったく、どいつもこいつも!」

 ロジューが、頭から湯気を出しながら景子の部屋にやってくる。

 ノッカーもなしに、どかんとドアを開けられるのは毎度の事だ。

 いまだ、ペットから昇格していない景子だった。

 そして、どすんとソファを占領するや、彼女を睨み上げてくる。

 いまは、景子に対して怒っていないことは分かっているのだが、その瞳の迫力に、反射的にびびってしまう。

 ロジューの気性の荒さには、大分慣れたつもりだったのだが。

「この町を空にする気か…あほうどもめ」

 景子を睨みつつ、ぶすくれた唇が不思議な内容を綴る。

「祭だよ、祭! 都の祭が始まるおかげで、この町の者どもは、商売と見物に都詣でだ」

 おかげで、大工も硝子職人も、休みをくれと言ってきた──イデアメリトスの日向花は、憎たらしいため息を吐きだすのだ。

「はぁ…祭ですか」

 景子は、それを言葉にして。

 そして。

 直後に、理解した。

「ま、祭って、えええー!? アディマが都に無事についたってことですか!?」

 驚きと喜びで、目が飛び出しそうになる。

 それに、ロジューはうるさそうに顔を顰めた。

「あれから何日たったと思っている…まだ到着していないなら、逆に大騒ぎではないか」

 ぶつぶつと続ける彼女の声など、もはや景子には聞こえていなかった。

 やった、やった!

 心の中でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、アディマの旅の成功を、心行くまで噛みしめる。

 余りの喜びに、景子の目が潤みそうになった時。

「おかげで、私も都へ行かねばならぬ…ああ、面倒くさい。旅に出ていればよかったわ」

 都へ!?

 景子は、その響きに捕まって、潤みかけた目で、彼女を正面から見つめてしまった。

「そこまで期待した目を向けられたら…逆にへし折ってやりたくなるのう」

 ロジューは──半目になりながら、ひどい意地悪を言い放ったのだった。
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