アリスズ

「アディマのは…」

 ケイコの視線が、すぅっと逃げた。

 アディマの目からではなく、光全部から逃げるように、真横の方へと行ってしまう。

 その頬に手をかけ、彼はもう一度自分へと引き戻した。

 すると、瞳が物凄い勢いであちこちに動き出し始めるのだ。

 逃げたいけど、逃げられない、みたいに。

 そして頬に触れる自分の手には、ケイコが更に温度を上げていくのが伝わってくる。

 触れ合うのが、苦手なのだろう。

 それが彼女の国の国民性なのか、それとも彼女自身の性質なのか。

 だが今は──そんなことは、どうでもよかった。

 こうしてケイコに触れて、彼女を見つめていると、自分の胸がはやっていくのが分かるのだ。

「どんな…光?」

 その近い瞳の距離で、アディマはもう一度問いかける。

 ケイコの唇が、二度三度と開きかけては閉じる。

「す…すごく…強く光ってる。夜なんかは…特に」

 そして。

 唇は、音を紡ぐために震えた。

 アディマのことを、紡ぐために。

 ケイコの唇から、いま、アディマのことが語られている。

 その瞬間を、彼は存分に噛み締めた。

「あ、でも…」

 ふと。

 ケイコの唇が、不思議な色を帯びる。

 何かを思い出したように、記憶をたどる音。

「でも…アディマのお父さんの時は、会った時は分からなかったな…何でだろ」

 うーんと、考え込むケイコ。

 しかし。

 アディマは、驚いていた。

 イデアメリトスの長が、自らケイコに接触していたというのだ。

 彼の手紙で、好奇心を抑えきれずに見に行ったのだろうか。

 だが、父の光がほかのイデアメリトスと違うと聞かされたことにも、多少ひっかかりを覚えた。

 それは、おそらく魔法で作った、仮初の身体だったに違いない。

 ケイコの目は、知識さえあれば、それを見分けられるというのか。

 敵に回したくはないな。

 ふと、アディマの脳に、不穏な言葉が流れたのだった。
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