アリスズ

「わ、わ、わ、忘れるって!」

 まさか、魔法で記憶を消されるとか!?

 景子は、おろおろと周囲を見回した。

 誰ひとりと、彼女を助けてくれる存在など、そこにはいなかったが。

「大きい声を出すな…こっちに来い」

 扉のところに張り付いたままの景子を、ロジューは顎で呼び寄せようとする。

 しかし、物騒なことを言われて、近づけるものではなかった。

 そんな彼女の尻ごみした態度に、ロジューは苦々しげに顔をゆがめる。

「じゃあ…そのままでいい…何も答えずに聞け」

 微かに声をひそめ、彼女は景子を呼び寄せることをあきらめたようだ。

「使われていたのは、魔法だ…その意味は分かるか?」

 えーっと。

 魔法、魔法。

 アディマも使える、ロジューも使える、そしておそらく、イデアメリトスの長も使えるそれ。

 そう。

 要するに、魔法は──イデアメリトスの専売特許。

 景子は、愕然とした。

 ロジューの身内の誰かが、彼女を殺そうとしている、という事実を、やっと理解したのだ。

「祭の始まる時に、こんな話が外に漏れたらどうなる?」

 ああ。

 ああ、だから、ロジューは何でもないと言って、他の人間を追い出したのだ。

「だから、お前には忘れろと言っている」

 唸りながら、ようやく彼女の話は完結した。

 要するに、口どめしたいという話だったのだ。

「ええと…じゃあ、魔法で無理やり記憶を消す、とかじゃ…」

「そんな都合のいい魔法なぞ、ない」

 想像力のたくましい娘だな。

 ロジューは、放り投げるように言い放った。

 ほぉっと、景子は肩の力を抜く。

 だが、事態はそんなに悠長な事態ではない。

 安心して彼女の側に近づきながらも、ただ黙っているのは逆に危ないのではないだろうかと心配していた。

「そう言えば…忘れさせる魔法はないが、狂わせる魔法や…いっそひとおもいに殺してしまう魔法ならあるぞ」

 そんな彼女の暗い表情を見ながら、ロジューが物騒なことを言うものだから──景子は、もう一度後方へ逃げなければならなかった。
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