アリスズ

 ボンッッ!

 激しい音と風が発生し、反射的に景子は耳を塞いだ。

 そんな中、爆風で髪を後方になびかせながらも、ロジューは微動だにせず、そこに立ち続けている。

 手も、下ろさない。

 ええと。

 景子が、うまく思考をまとめられずにいると、何事かと使用人たちが駆けつけてくる。

「何でもない…さがれ」

 だが。

 手を下ろしながら、ロジューは彼らを追い返した。

 何でもなく、ないんじゃ…。

 景子は、口をはさめないまま、彼女の後ろ姿を見上げる。

 ロジューは、こう言ったではないか。

『死の魔法』、と。

 誰かが、この部屋にそれを仕掛けた、と。

 それだけで、彼女の命が誰かから狙われているという証拠には、ならないのか。

 犯人を探して捕まえないと。

 景子は、あくまで一般論で物事を考えようとしていた。

 だが。

 そういうシンプルな問題では、なかった。

「中に入って扉を閉めろ」

 先に足を踏み入れながら、ロジューが彼女に指示をする。

 まだ離れようとしない使用人もいる中、景子は言われた通りにする。

 パタン。

 扉をしめて振り返ると。

 ロジューが、髪をもう一本引き抜いて、自分の右手に縛りつけるところだった。

 緑の炎が、そこに生まれる。

 彼女が、それを手から放つと、室内に風が渦巻き始めた。

 オーケストラの指揮のように、ロジューは風を操つり、部屋を元通りにしてゆく。

 そして、最後に風は──この中暑季の夜の部屋を、涼しげに巡回し始めたのだ。

 魔法エアコン。

 空気を読めない景子の頭が、奇妙な造語を頭の中で巡らせてしまった。

「さて、と…」

 ロジューが椅子に腰かけ、景子の方を振り返る。

「お前には…さっき見聞きしたことは忘れてもらう」

 断固とした、声だった。
< 235 / 511 >

この作品をシェア

pagetop