アリスズ
□
「どう…なさいました?」

 そこで、アディマははっと我に返った。

 気づけば、テーブルの杯を倒していて、水がこぼれていたのだ。

「いや…」

 側仕えが寄ってきて、水を片づけてゆく。

 それを見るともなしに見ながら、アディマは苦笑を禁じ得なかった。

 違う。

 苦笑にしていなければ、ひどい笑みになってしまいそうだったのだ。

 景子が。

 あの彼女が、アディマに愛の言葉を囁いたのだから。

 それに心をひどく乱してしまい、分身をかき消してしまった。

 心配していないといいが。

 魔法の身体の説明をしていなかったので、突然消えた彼に、景子は驚いているだろう。

 だが。

 どこか、彼女は理解しているように感じていた。

 全てを理解していた上で、景子はアディマを抱き、そして愛を語ったのだ。

 ああ。

 いますぐに、この身で彼女の側に飛んで行きたかった。

 そして、この目で、この耳で、この唇で、景子の愛を浴びたいと願う。

 だが、焦ってはならない。

 この王宮に、彼女を何の問題もなく迎え入れる準備は、何も整っていないのだ。

 そのための布石として、アディマの妃候補に叔母を挙げたのだ。

 そう。

 仕掛けていたのは、アディマ自身。

 叔母なら、彼の意図していることをすぐにくみ取るはずだ、と。

 第一候補が叔母であるならば、他の候補が勝手に行動を起こせないのだ。

 何しろ彼女は、髪を伸ばせるイデアメリトスなのだから。

 そして、他の誰よりも血も近い。

 そんな彼女を差し置いて、誰が婚姻の策謀を出来ようか。

 だが。

 その出来ない横車を押してくる誰かが、この宮殿にいる。

 よりにもよって、叔母の命を狙おうとしたのだ。

 しかも、イデアメリトスの祭が始まろうとしているこの時に。

 何としてでも──陰謀の主を、捕えなければならなかった。
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