アリスズ

 祭の終わりが来て。

 ようやく、景子は目が見えるようになった。

 ずっと寝ていたせいで、だるい身体をベッドに沈めて、小さくため息をつく。

「暗い!」

 バァンっと扉を開けたロジューが、そんな景子の周囲を渦巻く気を、一言の元に蹴り飛ばす。

「もう動いていいぞ…というか、とっとと起きろ」

 そして、病み上がりの彼女を、ベッドから放り出すのだ。

「明後日には帰るからな…その前に、お前を連れて行くところがある」

 その自分勝手で強引な行動も、いまの景子にはちょうどいい。

 しかし、もうすぐ帰ると言われたら、彼女には気になることもあった。

「もう、農林府は動いてますか?」

 ロジューの後をついて歩くだけで、ふぅふぅ言いながら、景子は息の合間から言葉を紡ぎ出す。

 もし動いているのならば、帰る前に行きたかったのだ。

「割れた硝子のことなら、あとで届けさせればいいだろう」

 あう。

 簡単に一蹴され、彼女はしょぼんとした。

 しかし、随分長い距離を歩く。

 くり抜かれた飾り窓から、容赦なく日差しが差し込む廊下を、かなり歩いている気がした。

 人通りも多く、さっきからロジューに道を開け礼を尽くす。

 そんな人々を気にせず、彼女の長い脚は歩を刻み続けた。

「大体…イデアメリトスあっての農林府だろう」

 奇妙な話が、そこから始まった。

「兄者と、いろいろ話し合ったのだ。そろそろ、本当に外の血を少し必要としているのかもしれないと」

 ぴたりと。

 目的地についたのだろうか。

 ロジューは足を止める。

「しかし、慣習とは恐ろしいものでな…破るとなると、相当の覚悟がいる」

 何を、言っているのだろう。

「そこで、だ…最初に試験をしてみることにしたのだ」

 扉を、顎で指す。

「愚甥の部屋だ」

 言われて驚いた。

 長い距離だと思っていたら、東翼まで来ていたのである。

 驚くままの彼女に、ロジューは視線をやや落とし気味に、景子の顔を覗き込んだ。

「とりあえず…愚甥の子を産んでみろ」

 地震と雷と火事と親父が、全部一緒にやってきた気がした。
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