アリスズ

 とりあえず、アディマの部屋に招かれる。

 明るい太陽の差し込む廊下で、語り合う事ではなかったのだ。

 ロジューは、さっぱり気にしていなかったようだが。

 一体。

 景子が寝ている間に、一体どんな話が、このイデアメリトスの中で行われていたのか。

 ソファに腰かけてから、ようやく景子は大きな息をつくことが出来た。

 ロジューの歩きに早足でついてきた挙句、あんな話だったのだ。

 まともな息なんか、出来ていなかった。

「ええと…」

 イデアメリトスの世継ぎなのだから、たくさんの使用人を侍らせているのかと思ったが、本当に誰もいない。

 それが逆に、景子をびびらせる。

「身体の方は、もう大丈夫かい?」

 しかし、アディマの声は、これまでと何ら変わらず優しいものだった。

 さっきのロジューの爆弾発言など、どこにもなかったかのように。

「あ、うん! 大丈夫。もう元気」

 元々、丈夫な身体だ。

 動き回っていれば、すぐなまった身体は元に戻るだろう。

 植物を目の前に与えておけば、なおのこと早いに違いない。

「そうか…それはよかった」

 微かに混じる苦味は、あの事件のことを思い出しているからか。

 それが、彼がいま東翼に一人しかいない理由だ。

「本当に、本当にもう元気だから!」

 景子は、必死にそれをアピールした。

 アディマに、気に病まないで欲しかったし、彼にも早く元気になってほしかったのだ。

 そんな景子を、彼は眩しそうに目を細めて見る。

 あ、いや、そんな。

 見つめられるだけで、景子の顔には血が集まってきてしまうほど。

 カァっと耳まで熱くなった。

「さっき、叔母上様が言っていた話だけど…」

 そんな、いま大変な状態の景子に、彼がゆっくりと危険な言葉を語り始める。

「ケイコが嫌でなければ…真面目に考えてもらえないだろうか」

 アディマは、その瞳に痛切な色をよぎらせた。

 景子に無理強いをしないよう、最大限の努力をしている──そう見えたのだ。

「アディマ…何か困ってる?」

 景子には、そっちの方が気がかりだった。
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