アリスズ

「困っているというより…景子を困らせている」

 心配した景子に、アディマは困った笑みで答えた。

「こんなあやふやな話に、景子を巻き込まなければならないのだから」

 また、彼の瞳に痛みが走る。

 あやふや。

 確かに、ロジューの言った言葉は、そう表現していいものかもしれない。

 景子が産んだ子供が、イデアメリトスの魔法の力を持っているならば、これまでの慣習を破ることも考える、と。

 逆に言えば。

 魔法の力のない子供なら、アディマはこれまで通り、イデアメリトスの親戚の中から結婚相手を選ばなければならないのだ。

 景子は、それでお払い箱ということ。

 だからロジューは、試験という色気もへったくれもない言葉を使ったのだろう。

 妙な期待を、彼女に抱かせないように。

 よく考えてみれば、赤くなったり青くなったりする話とは無縁に感じてくる。

 もっとドライな、リスクとリターンの話。

 アディマはそれを考えたくないようだが、国を治めている彼の父や叔母はそういうわけにはいかなかったのだろう。

 ただ。

 景子の前には、一本のロープがたらされていることだけは、よく理解した。

 登りますか?

 留まりますか?

 選択権を、与えられている。

 登るのは大変だし、落ちれば危険だ。

 留まれば、これまで通り。

 何も変わらず、そして何も動かない。

 当初の通り、アディマはイデアメリトスの親族と結婚し、彼は遠く遥かな人となる。

 ああもう。

 景子は、頭の中でぐちゃぐちゃともつれる毛糸玉を、一度全部窓から放り出した。

「あのね…アディマ」

 とつとつと、景子は言葉をこぼしていった。

 胸の中にある気持ちを、ひとつずつ音にしていったら、何か答えになるのかもしれない。

 これまでの旅路も、そうだったではないか。

 一歩ずつ、一歩ずつ。

 その一歩の積み重ねで──景子はこんな遠いところまでやってきたのだから。
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