アリスズ
☆
 手を取られて、部屋に入る。

 少し前に来た部屋と同じかと思いきや、少しだけ違った。

 鮮やかな花が飾られ、テーブルには瑞々しい果物が盛られ、明るい光を放っていた。

 アディマなりに、景子を迎え入れようとしてくれたのだろう。

 これは、公式には残らない逢瀬。

 イデアメリトスの長も、その妹も知ってはいるが、彼らの内だけで秘められる奇妙な時間。

 それでも。

 それでも、いま景子は彼の手に触れているのだ。

 あたたかな体温と、美しい光をまとう青年の前に。

 扉を閉め、アディマは彼女の手を取ったまま、部屋の中へ中へと誘ってゆく。

 涼しい風が、緩やかに部屋の中を渦巻いている。

 ロジューも使っていた魔法だ。

 彼女の生む風よりも、肌をなでるような柔らかさがある。

 アディマらしい、優しい魔法。

「ケイコ…」

 もう片方の手も、取られる。

 両方の手を握り合うと、自然と向い合う形になった。

 顔を上げていられず、景子はうつむいた。

 その額に。

 温かな額が押しあてられる。

 アディマが頭を下げて、彼女の額と合わせたのだ。

 あっ。

 自分の鼻のすぐ向こうに、アディマの鼻がある。

 鼻同士が、触れあう。

 ああっ。

 その鼻が、すれ違うように横にずらされると。

 唇が。

 吐息が。

 景子の唇の、ほんの側にあるのだ。

「ケイコ…」

 掠れる囁きに、脳髄が焼ける。

 あああっ。

 唇は──すれ違わなかった。
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