アリスズ

 屋敷の中。

「おや…面白い」

 景子を抱えてきたスレイを見て、ロジューが本当に笑みをたたえた声で出迎えてくれた。

「ジャングルで転がっていたぞ」

 彼は、景子の事情をいたって簡潔に表す。

 人間の扱いとは、ちょっと違ったが。

「そうかそうか…しかし、そうしているとお似合いだな」

 ばんばんとスレイの腕を叩く振動が、腕の中の彼女にもはっきりと伝わってくる。

「馬鹿なことを言っていないで…これを受け取れ」

 炸裂するため息が、景子の上に降ってくるような気がした。

「あの…もうここで…」

 二人の空気にいたたまれなくなり、彼女は下ろしてもらおうとした。

 彼の望む最短時間なるものから、とっくに期限切れな気がしたのだ。

 それに、ロジューに受け取ってもらうわけにもいかない。

 彼女もまた、景子と同じ妊婦なのだから。

「ついでに、部屋まで運んでやってくれ。頼むよ、スレイピッドスダート」

 さすがのロジューも、一応自重しているようだ。

 しかし、スレイに景子の移送を頼むのは、許して欲しかった。

 だって。

 ほらきた。

 またも、ため息が洩らされたのだ。

 この息は、景子を縮みあがらせる。

 自分が、ただの面倒の塊になった気にさせられるのだ。

 まだ、自分ではいずっていた方が、マシに思わされる。

 景子は、ロジューに目で訴えていた。

 視線には気づいてくれたが、彼女を助ける気配を見せることはない。

「スレイは、自分がやりたくないことは絶対にやらん男だ」

 景子の部屋への道のりを一緒に歩きながら、ロジューはニヤニヤしている。

「その代わり、やると言ったらきっちりやる男だぞ…態度は最悪だがな」

 本人を目の前にして、彼女は言いたい放題だ。

「夫なんだから、何でも頼んでいいからな」

 そして、とどめの一言。

 景子は、そーっとスレイを見上げてみる。

 ギロリ。

 隻眼の瞳は、とてもロジューの言葉を肯定しているようには見えなかった。
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