アリスズ

 シャンデル自身は、ロジューに仕えることになっていた。

 それが、当然の流れだった。

 だが、ロジュー自身、使用人は十分足りている。

 景子の話し相手や、日常の付き合う相手として、ちょうどいいとアディマは思ったのだろう。

 嬉しいというか、困るというか。

 そんな彼の気遣いに、景子も戸惑っていた。

 まだ、シャンデルは彼女の妊娠のことは知らないだろうし、スレイが夫扱いになっているし。

 それらを知ったら、一体どんな顔をするだろう。

「イデアメリトスの君から、内々に封書を預かっているわ。あなた…字は読めるの?」

 読めないなら、読んであげてもいいわよ。

 付け足された言葉に、景子は慌てた。

「だ、大丈夫…読めるわ」

 差し出された封書を、どきどきしながら受け取る。

「そう…」

 少しだけ残念そうだったのは、シャンデルも手紙の内容が気になっていたのだろう。

 人の手を介して送られる手紙なので、当たり障りのない文章で書いてはあるだろうが、彼から初めてもらった手紙である。

 大事に、一人で読みたかった。

「で…あなたは農林府に行ったと思っていたのだけれど、ここで何をしているの?」

 その手紙を握ったままの景子に、きわめて正当な質問を投げかけられた。

 あー。

 彼女は、軽く頭の中で回想してみる。

 しかし、簡単な返事で答えられるようなものではなかった。

「ええと…」

 更に、話の一部にモザイクをかけなければならない。

 アディマに関することだ。

「ここに、温かい部屋を作りにきたの…」

 とりあえず、一番無難な言葉で返答した。

 温かい部屋──怪訝そうに、シャンデルはそれを復唱している。

「あのね…もっと南の植物がすごしやすい部屋なの」

 追加説明を入れると。

 相変わらずなのね。

 植物馬鹿に対する視線が、まっすぐに彼女に突き刺さる。

 はい、相変わらずデス。

 景子は、苦笑いをするしかできなかった。
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