アリスズ

 ちょっと、緊張するなあ。

 ソファを勧められて、アディマの向かいに座りながら、景子はどきどきしていた。

 彼女は、最初からアディマを子供として見ていないので、一人の人間を改まって訪問した形に思えたのだ。

 ダイの様子からすると、この訪問は余り歓迎されてはいないようで。

 さっさと済ませた方がいいのだろう──が。

 目が合って、景子は照れ笑いを浮かべてしまった。

「あ、あのね…アディマ」

 言おうとしていた言葉が、半分頭の上にすっ飛んでいってしまいそうになるのを、何とか掴んで引き留めながら、彼女は言葉を紡いだ。

「アディマは、これから何処へ行くの?」

 言ってみて、失敗したことに気づいた。

 ああ──紙が欲しい。

 切実に、そう思ったのだ。

 エプロンは外して置いてきたが、そこのポケットに作業用のボールペンが1本と、端数になって分けておいた種の袋は入っていた。

 要するに。

 絵を描く筆談以外で、この思いを伝える手段を持っていないことに、景子は気づいたのである。

「ケーコ…───?」

 アディマも、何かを問いかけてくるが、何が言いたいのか全然分からない。

 名前のようには、いかないのだ。

 お互い、聞きたいことはたくさんある。

 それは、分かる。

 向こうからすれば、彼女らの方こそ、得体が知れないことだろう。

 言葉、かぁ。

 ふぅと、景子はため息を吐きながら、ソファに深く身体を埋めた。

 逆に、ゆっくりとアディマが立ち上がる。

 そして、彼女の側へと回ってきた。

「ケーコ…───」

 何かを語りかける瞳で、隣に座る。

 その猫目石の瞳には、心をかき乱す効果でもあるのだろうか。

 近ければ近いほど、どきどきしてしまう。

 こんなに艶のある目をした人を、知らなかった。

 その瞳のアディマが、彼女に何かを求めている。

 それは、何となく伝わっていた。

 一緒に行こう。

 そう言っているのだろうか。

 見つめられると──非常に断りづらい誘いだった。
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