アリスズ

 ロジューの部屋に入ると──彼女は、自分のお腹に金の炎をあてていた。

「具合…悪いんですか?」

 赤ん坊のいるお腹に、魔法を使うのは大丈夫なのだろうか。

 景子は、少し不安になった。

「ああ、いや…昔のツケを払っているだけだ、気にするな」

 気だるそうに答えつつ、ロジューは向かいのソファを顎で指す。

 突っ立ってないで座れ、ということだろう。

「面白い同胞を持っているな…こんな身でなければ、戦ってみたいと思ったぞ」

 くくっと、彼女は何かを思い出したように笑う。

 戦ってみたい、などという不穏な言葉もついてきたが。

「菊さん…ですか」

 景子は、困って笑うしか出来なかった。

「ああ、そうだな。髪を伸ばし整えれば、美しい女剣士として名を馳せることも出来よう…本人に整える気がないのが勿体ないことだがな」

 本人が聞いていたら、即座に辞退したがるような内容を、ロジューは惜しそうに語り始める。

「男を知らんままだな…男と二人旅をしておきながら、お堅いことだ」

 あ、いや、そこまで言ったら、余計なお世話じゃ。

 相変わらずのロジュー節に、景子は突っ込めないまま遠い目をした。

「とりあえず、トーという男はここでは判断せずに、都に連れて行くことになった。兄者に引き合わせる」

 どうせ、愚甥はお前に詳しい話をすまい。

 ふざけた話をやめ、彼女は本題に入る。

 トーという男のことだ。

 アディマの父親に、判断を託すことになったのだろう。

「愚甥の名誉のために言っておくが…あやつは、自分の手で殺すことを恐れたのではないぞ」

 イデアメリトスが、何を名誉としているかは知らないが、ロジューは少なくとも恐れからアディマが決めあぐねたのではないと言っているようだ。

「あやつは、『殺すより良い使い方がある』と考えたのだ。だが、その決定は兄者でないと出来ぬからな。だから連れてゆく」

 ロジューは、金の炎を止めながら、ふぅと吐息を吐いた。

 殺すよりも良い使い方。

 景子には、とても届かない位置にある言葉。

 だが、アディマは──それを考えなければならない人間なのだ。
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