アリスズ

 翌日が、旅立つ日だった。

 前夜に梅が、「明日じゃないかしら」と言ってくれていたので、驚いたり慌てたりすることはなかったが、それでも相当朝早く起こされた。

 ねぼけまなこをこすりながら、着替えを始める。

 めがねめがね。

 毎朝の、お約束も忘れていない。

 この世界でメガネをなくしてしまったら、同じものは二度と手に入らない。

 大事にしなければ。

 そんな彼女の気持ちを、どうして気づけるのだろう。

 昨夜、梅が端布を編み合わせて作った、メガネのストラップをくれたのだ。

 器用な細い指を、感心してしげしげと眺めてしまった。

 これでメガネが外れても、地面まで落下することはない。

 景子は感激してしまって、思わず梅をぎゅうっと抱きしめた。

 ああ、お天道様ありがとう。

 こんなによい人たちと、一緒にいさせてくれて本当にありがとう。

 代わりに景子は、エプロンのポケットから出てきた種を、梅に預けた。

 花の種の小袋だ。

 こっちで同じ品種がなければ、きっとあの女主人が喜ぶだろう。

 女主人が喜べば、梅を置いておいてよかったと、もっと思ってくれるだろう。

『大事に育てます』

 そう、梅は微笑んでくれた。

 そして。

 菊は腰に刀を差す。

 これまで着てきた袴などは、布に包んで背中にたすきがけに背負っている。

 景子も真似をしようとしたが、なかなかうまく回せない。

 梅に手伝ってもらって、何とか背負う。

 その上から。

 あー。

 最後まで馴染めなかったマント。

 しかし、これからいつまでか分からないが、仲良くしなければならないものでもあった。

 よっ、はっ、とっ。

 悪戦苦闘しながら巻きつけていると。

 ノッカーの音がした。

 時間のようだった。
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