アリスズ

 見送りに、女主人と梅が出てくる。

 ひんやりとした早朝の空気が、景子の顔に触れた。

 女主人は深々と腰をかがめ、梅も美しく頭を下げる。

「───」

 アディマが、女主人をねぎらうような言葉をかけていた。

 景子はただ、梅を見ていた。

 頭を上げた彼女と、目が合う。

 にこりと微笑む梅に、迷いなんかない。

 そんなのは、最初から分かっている。

 彼女は、しっかりした女性だ。

 景子よりはるかに年下ではあるが、自分のことも、そして自分がすべきこともちゃんと知っている。

 その上で。

 別れなければならないのだ。

 覚悟が決まっていないのは、景子の方だった。

 微笑んだ梅が、唇を開く。

「さようなら」

 美しい、とても美しい言葉。

 同じ言葉が、日本にずっとあることは知っていたけれども、これほど美しい言葉として聞いたのは、これが初めてだった。

 短大で習った。

 さようなら──左様ならば、という言葉がちぢまったもの。

 別れには、ちゃんと理由がある。

 左様であるというのならば、お別れいたしましょう。

 そしてまた、ご縁がありましたら、お会いいたしましょう。

 決して、永遠の離別の言葉ではない。

「さようなら…またきっと…」

 歩き出すアディマたちに遅れながらも、景子は振り返ってそう応えた。

 菊に至っては、片手をひょいと上げるだけ。

 また来るよ。

 そんな簡単な離別だ。

 そして、小走りでアディマたちに近づく。

 泣きそうな自分を、ぐっと我慢していたら。

「サヨウナラ…」

 アディマが、小さくその言葉を呟いた。

 彼の心にも、残ってしまう音だったのだろうか。
< 39 / 511 >

この作品をシェア

pagetop