アリスズ

 梅は、荷馬車に揺られていた。

 相変わらず得意ではないが、短い距離ならそう負担にはならない。

 同乗しているのは、二人。

 菊と──リサー。

「叔父の家だから、私が訪ねて行くのは別に奇妙なことではない」

 そんな御託を、彼は最初に並べた。

 たまたま、彼女たちと一緒になっただけなのだ。

 そういうことに、しておきたいらしい。

 景子の子が産まれるという、このめでたい日にも、彼にはいろいろ言い訳が必要なのだろう。

「まったく、女は口が軽いな」

 そして、目の前の二人の女性と、ここにはいない景子に不満を言い出す。

 二人が、お腹の子の父親を知っている。

 その事実が、限りなく不満なのだ。

「言っておきますが…」

 梅は、静かに切り出した。

「景子さんは、一度たりとも言いませんでしたよ」

「ああ、聞いてないね」

「「分からない方が馬鹿です(だね)」」

 姉妹で見事にハモると、リサーは苦虫を噛み潰した顔になる。

「まあいい…だが、他言すれば…分かっているだろうな?」

 前よりも、彼の表情は険しくなった。

 無事に旅を終えたおかげで、正式にあの御方が後継ぎに決まったせいだろう。

 ただ必死に、旅を成功させればよかったあの頃とは違う。

 別の重責が、リサーの両肩に乗っているのだ。

 景子の子供の話も、かなり危ない橋なのだろう。

 少なくとも、リサーが歓迎している様子はまったくない。

「言いふらすことに興味はないけどさ、リサードリエック」

 菊は、どうにも彼の事を、いじらずには気がすまないようで。

 名前の呼び方さえ、含みがあるように聞こえる。

「私たちを、みんなまとめて追放…とかでも、全く困りもしないのも本当だよ」

 この国のまつりごとに振り回される気は、一切ない。

 菊は、そうリサーに叩きつけるのだ。

 梅は、くすっと笑った。

「そうね…景子さんの子供だって、本当は誰が父親だって構わないものね」

 リサーが。

 ぐぅっと、言葉に詰まる。

 大事な人はいる。

 だが、彼女らには──しがみつかなければならない物など、何もないのだから。
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