アリスズ

「だ、大丈夫でしょうか」

 エンチェルクが、不安そうに道場の音を見る。

 木剣を打ち合う音や、時折強い声が聞こえてくるせいだ。

「大丈夫よ…あれが普通のことだから」

 梅は、笑いながら言った。

 道場の裏手には、小さいながらに家をこしらえてもらっている。

 菊は、家にはまったく頓着しなかったようで、こちらの様式のごくごく普通の家だ。

 そこに、梅は移り住んできていた。

 久しぶりの姉妹の生活。

 エンチェルクがいてくれるおかげで、生活の上で困ったことは少ない。

 ここから、毎日梅は宮殿へと仕事で通う。

 幸い、内畑の側である。

 そのおかげで、農林府の管理詰所が近いため、宮殿への往復に荷馬車を出してもらえることになっていた。

 全ては、イデアメリトスの君の計らいのおかげだ。

 梅に、仕事上の肩書はまだない。

 ただ、毎日のように学者たちと顔を合わせている。

 それと、より高度な技術者の育成のための制度づくり。

 新しい第三次産業の商法の提案。

 町ごとの、医師を確保する方法。

 教福農工商のうちの、農以外の分野に、精力的に梅は動いていた。

 農はいいのだ。

 そこは、景子がいてくれる。

 だが、農の能力が上がってくると、人口が増える。

 人口が増えると、教育も必要になるし職もいるのだ。

 その受け皿を作る体制が、この国には必要だった。

 町を見て、学校を見て、人と話し。

 身体はいくつあっても足りないのに、一人分の身体以下の梅では、それもままならない。

 だが、梅にはエンチェルクがいる。

 走れない梅のために走り、慣れない勉強も一生懸命してくれる。

「私も…習おうかなぁ」

 そんな彼女が。

 道場の方を見ながら、ふとそんなことを漏らした。

 きっと。

 きっと、それが梅を守る手段になるのだと──そう考えてくれたのだろう。
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