アリスズ

 兵士の集まる酒場に、連れて行かれた。

 食事は大味で、どちらかというと量を重視している。

 若い兵士ならば、確かにこれくらい食べなければならないだろう。

 菊は、そこでの食事をそれなりに楽しんだ。

 ダイは話し上手ではないが、沈黙の間でも居心地の悪さはない。

 穏やかな時間は、次第に過ぎてゆき、食事が終わった頃。

「さて」

 菊は、立ちあがった。

「ごちそうさま。ありがとうな」

 そうして、帰ろうとしたのだ。

「待っていてくれ」

 なのに。

 ダイは、そう言い置くと、店の親父に支払いに行ってしまった。

 待ってろ?

 理由を聞く間もなくいなくなるのだから、彼女はただ待っているしか出来ない。

 手持無沙汰に立っていると、ダイが戻って来た。

「この後、どこかへ行くのか?」

 とりあえず、頭に浮かんだことを聞いてみる。

 まだ菊を連れていくところがあるから、引き止めたのだろうかと。

 すると、ダイは言葉にしがたい表情を浮かべた。

 しばらくの沈黙の後。

「送ろうと思ったんだが…余計なことか?」

 ぼそりと、彼はそう呟いたのだ。

 客観的に見れば、滑稽な話だった。

 この国の近衛隊長と、互角で戦うことの出来る腕前の人間を、家まで送ろうなどとは。

 どっちがどっちを守るというより、この二人に手を出したら、肉も骨も無残なことになることだろう。

「護衛ならいらんぞ」

 菊は、愉快になって笑った。

 本当に、いい奴だな、と。

「だが…月を肴に、話相手になってくれるなら付き合ってくれ」

 この国の、近衛隊長に向かって。

 菊は、堂々と月見に誘ったのだった。
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