アリスズ
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「この月も、なかなか風情があるじゃないか」

 キクは、空を見上げながら楽しそうだ。

 付き合いで、ダイは夜空を見上げはするものの、だんだん丸くなる黒い塊を、とても好きになれそうになかった。

 子供の頃から、あれは化け物の象徴だった。

『悪いことをすると、月に連れて行かれるよ』

 そんな風に聞かされて育っていたのだから、今更変えようもないのだ。

 勿論、いまの立場上、夜を恐れているわけにもいかない。

「なぁ…ダイ。何に見えると思う?」

 なのに。

 キクは、空を指差す。

 何に見える?

 意味が分からずに、彼は空を見上げた。

「よく見ると、黒い部分がまだらだよな…薄いところと濃いところがある」

 彼女に言われて。

 ダイは、いま自分が生まれて初めて、まじまじと月の表面を見ていることを知った。

 確かに、キクの言うように黒い月は、全部べったりと塗られたような黒ではない。

 そんなことさえ、彼はいままで知らなかったのだ。

 何の形か。

 それをダイが、少ない想像力で考えようとした時。

「馬の横顔に見えないか? あの長ったらしい顔の」

 キクが、そう言ったのだ。

 何気なく、さらりと。

 刹那。

 ダイの頭の中で、馬の横顔と月の模様がぴたりと重なった。

 もはや、それ以外には見えなくなる。

 荷馬車を引く、あるいは単騎で移動する時に使う、頑丈で速い馬。

 じっと。

 ただじっと、ダイは月を見つめていた。

「この国の月には、馬が住んでいるんだな」

 うちの国の月には『ウサギ』が住んでいるぞ。

 ダイには分からない、何かの名前を言われた。

 そうか、あそこは馬の国なのか。

 おかげで。

 前よりずっと、月を見上げていられるようになった。
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