アリスズ

「すっげー。先生って美人だったんだ」

 子供の言葉には、飾り気がない。

 シェローは、どんぐりまなこを引っ繰り返さん勢いで驚いていた。

「それは、名誉なほめ言葉だな」

 菊は、苦笑で答える。

 女性仕立ての服を着て、長い髪のカツラ。

 何故か、梅に化粧までされてしまった。

 ここまで気合を入れられると、遠目には梅に見えるかもしれない。

「定兼は置いていきなさい…怪しまれるから」

 相方の提案に、菊は頷く。

 預かるのが梅ならば、異論はなかった。

「じゃあ、シェロー…送っていこう」

 餌を。

 生き餌を、菊は用意したのだ。

 シェローやエンチェルクから狙った奴らだ。

 弱い女子供から狙う卑怯者だからこそ、剣の腕のある菊には、いきなりつっかかってこないだろう。

 たが、完全に丸腰の女ならば、奴らも襲いやすかろう。

 スカートを、菊はいやがっているわけではない。

 袴と、さして変わるわけではない。

 だだ、その衣装を着るのにふさわしい立ち居振る舞いを要求されるのが、面倒くさいだけなのだ。

 さて。

 楚々と歩くかね。

 二人で、夜道を行く。

 シェローは、稽古の疲れも忘れてご機嫌だ。

 送り終わるまで、何も仕掛けられては来なかった。

 だが、気配がなかったわけではない。

 闇の中に、ざわめくそれは、遠巻きにずっとついてきていたのだ。

 さて。

 一人、戻る道すがら。

 人気のない通りに、さしかかった時。

 空気が、動いた。

 昼間の熱気が、消えきっていない、ぬるい空気。

 定兼は、ない。

 足音は、みっつ。

 スカートの立ち居振る舞いは――ここで終了、ということだった。
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