アリスズ
△
相手の目的は、その場で危害を加えることではなく、連れ去ること。
シェローの事件で、それは明らかだった。
そのおかげか、相手が出したのは短剣のみ。
しかも、その短剣をいきなり突き出してくるのではなく、まずは羽交い絞めようとぶっとい腕を伸ばしてくる。
その腕を逃れるために、一度すっと身をかがめた後、肘で胸を打ち据える。
息が出来なくなったところへ、掌底で下から顎を突き上げた。
脳をぐらぐらに揺らされては、たまらないだろう。
身体の均衡を保つことも出来ずに、どさっと男の身体が倒れ伏す。
ひとーつ。
ふぅっと息を整えた次の瞬間。
短剣が付き出されてくる。
その手首を捕え、一気にひねった。
鈍い音と共に、絶叫が暗闇に響き渡る。
手首が、ちょっと変な方向に曲がったが、命に別条はないだろう。
ふたーつ。
菊が振り返った時にはもう、その身は闇にまぎれて逃げようとしていた。
逃げ足の速い。
あっさりと、彼女が諦めかけた時。
「───!」
声なき悲鳴が、向こう側から上がった。
どさっと崩れる身体。
ずるずると何かを引きずる音が、菊の方へと近づいてくる。
ああ。
何だ。
菊は、遠目ですぐ分かった。
「久しぶり…トー。戻って来たんだな」
白い髪は、闇の中でもすぐに浮かび上がるからだ。
だが、トーは。
しばらく、まじまじと菊を眺め続けた。
気絶した男を、引きずって近づきながら。
その大きな手が、菊に伸びる。
ぐいっ。
長い髪を引っ張られたら、カツラが思い切りずれた。
「ああ…なるほど」
トーは、納得したように、自分が掴んだものを見つめるのだ。
菊の姿が、不思議だったのだろう。
その様が、余りにとぼけていたので。
「相変わらずだな…あはははは」
菊は、カツラをずらしたマヌケな頭のまま、大笑いしたのだった。
相手の目的は、その場で危害を加えることではなく、連れ去ること。
シェローの事件で、それは明らかだった。
そのおかげか、相手が出したのは短剣のみ。
しかも、その短剣をいきなり突き出してくるのではなく、まずは羽交い絞めようとぶっとい腕を伸ばしてくる。
その腕を逃れるために、一度すっと身をかがめた後、肘で胸を打ち据える。
息が出来なくなったところへ、掌底で下から顎を突き上げた。
脳をぐらぐらに揺らされては、たまらないだろう。
身体の均衡を保つことも出来ずに、どさっと男の身体が倒れ伏す。
ひとーつ。
ふぅっと息を整えた次の瞬間。
短剣が付き出されてくる。
その手首を捕え、一気にひねった。
鈍い音と共に、絶叫が暗闇に響き渡る。
手首が、ちょっと変な方向に曲がったが、命に別条はないだろう。
ふたーつ。
菊が振り返った時にはもう、その身は闇にまぎれて逃げようとしていた。
逃げ足の速い。
あっさりと、彼女が諦めかけた時。
「───!」
声なき悲鳴が、向こう側から上がった。
どさっと崩れる身体。
ずるずると何かを引きずる音が、菊の方へと近づいてくる。
ああ。
何だ。
菊は、遠目ですぐ分かった。
「久しぶり…トー。戻って来たんだな」
白い髪は、闇の中でもすぐに浮かび上がるからだ。
だが、トーは。
しばらく、まじまじと菊を眺め続けた。
気絶した男を、引きずって近づきながら。
その大きな手が、菊に伸びる。
ぐいっ。
長い髪を引っ張られたら、カツラが思い切りずれた。
「ああ…なるほど」
トーは、納得したように、自分が掴んだものを見つめるのだ。
菊の姿が、不思議だったのだろう。
その様が、余りにとぼけていたので。
「相変わらずだな…あはははは」
菊は、カツラをずらしたマヌケな頭のまま、大笑いしたのだった。