アリスズ

 違う国の言葉を話すっていうのは、度胸がいる。

 景子は、英語の時に十分その難関を味わっていた。

 赤ん坊のようなたどたどしいしゃべりを、相手に聞かれてしまうのだ。

 照れが、大爆発してしまうのである。

 それを、アディマに頼むなんて。

 しかし、その機会は遠からず訪れた。

 昼時。

 休憩も兼ねて、森の中で昼食が始まったのだ。

 ダイの担いでいた大きな袋から、干し肉やパンなどの携帯食料が引っ張り出される。

 そんな食事中、小さな生き物が現れたのだ。

 それは一度足を止め、遠巻きにこっちを見る。

 しっぽのないリス、に近いだろうか。

 それを見て、アディマが。

「──」

 一言だけ、言葉を発したのだ。

 何の付属の言葉もない、短い一言。

「──?」

 景子は、あっと思って同じように繰り返してみた。

 微妙な音が入るので、カタカナに慣れた景子には、少し難しいもの。

 アディマが、もう一度繰り返す。

 景子は、微妙なところを修正してみた。

 アディマが──優しく目を細めた。

 及第点だぁぁぁ。

 景子は、先生にほめられた子供のように、嬉しさに顔を崩す。

「ふんふん、──」

 菊も、ぼそっと口の中で呟いているようだった。

 リサーは、非常に複雑な表情でその様子を見ている。

 アディマ自らが先生になるというのが、どうにも気に入らないのだろう。

 すると。

 彼はいきなり立ち上がり、指を差しながら、目につくものを片っ端から発音し始めるではないか。

 自分が、アディマの代わりをやろうと思ったのだろう。

 しかし、それは。

 速すぎて多すぎて、景子の耳に留まるものは一つもなかったのだった。
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