アリスズ

 梅が、消えた。

 その言葉に、偶然菊は立ち会った。

 彼女の相方が、図書室から消えたというのだ。

 ダイが言うには、完全なる密室。

 これがフィクションならば、探偵の出番になるところだろう。

 失踪か誘拐か──魔法か。

 最初のひとつは、ありえない。

 だからと言って、後者二つがありえるかと言われると難しいのだが。

 一体、何をやってるんだか。

 さっそく、その図書室とやらに向かおうとしたのだが、菊は止められた。

 彼女が許可されていないエリアに、それはあるのだ。

 入るには、太陽府の許可がいるという。

 簡単に言えば、誰か貴族を通して許可を得なければならないらしい。

 ダイに止められては強行するわけにもいかず、菊はしょうがなく梅の執務室で待とうと考えたのだ。

 中に入ると、エンチェルクが一人でお通夜状態で座っていた。

 よく焼けた肌が、一目で分かるほど青ざめている。

 彼女の足は、まだ腫れが引かず、座っているしか出来ない状態だった。

「わ、私が…私が一緒に行けなかったせいで!」

 彼女が言うには、ヤイクという側仕えは、お遣いに出ていて、エンチェルクがこの状態だったため、梅は護衛の兵士を一人伴って、図書室へと向かったらしい。

 兵士がついていたにも関わらずいなくなってしまったのだから、エンチェルクが気に病むことなどないように思えた。

 だが、梅が危険な状態になる時に、自分がそこにいられなかった事実が悔しいのだろう。

「大丈夫…梅は、すぐには死なないから」

 菊は、苦笑しながら彼女に言葉をかけた。

 これは、本当のことだ。

 長い間苦しんだり、気絶することは多々あるが、梅の心臓が即座に止まったことは、これまで一度もない。

 あったなら、今頃ここに彼女は生きていなかったはずだ。

 もし梅が死ぬとするならば、時間をかけて苦しんで、ゆっくりゆっくり弱っていくことだろう。

 夜までに見つかれば、きっと生きている。

 菊は、そう信じていた。

 夜。

 菊の切ったタイムリミットは、残酷なほどゆっくりと、しかし確実に来てしまった。
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