アリスズ

 ここは、どこ?

 石の床の固さと冷たさが、梅を起こした。

 頭が割れるように痛い。

 その痛みが、皮肉にも彼女の記憶を呼び起こす。

 そうだ。

 落ちたんだ。

 床にはいつくばったまま、それだけを彼女は心の中で呟く。

 起きなければ。

 腕に力を込めて、身体を持ち上げようとする。

 頭だけでなく、全身が痛い。

 そして、冷え切っている。

 こんな中暑季地帯だというのに、地下は涼しすぎるのだ。

 その上──真っ暗だった。

 落ちてから、どれほどの時間がたったのだろう。

 手探りの範囲には、何もなかった。

 あったとしても、せいぜい燭台と蝋燭だけ。

 火が消えてしまい、使い物になりはしない。

 梅は、図書室に来ていた。

 そこで、仕事に必要な資料を探していたのだ。

 そんな時。

 老女に声をかけられた。

 相手は、自分を知っていた。

 梅は、彼女を知らなかった。

「お仕事熱心なのね…もしあなたが興味があるなら、もっとすごい図書室に案内するわ」

 もっとすごい図書室。

 老女は、奥の本棚をいじってみせた。

 そうしたら。

 本棚が開いたのだ。

 その先は下り階段になっていて、この先に特別な図書室があるというのである。

 梅は、心浮かれた。

 この不思議な仕掛けに、秘密の図書館。

 一瞬だけ、彼女は子供のような無防備さに占拠されたのだ。

 そして──突き落とされた。

 彼女の役立たずの肺は、叫び声さえ上げなかった。
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