アリスズ

 コォォォン! コォォォォォン!

 木太鼓が、高らかに打ち鳴らされるや──何か大きな一つの生き物の音が響き渡った。

 婚儀の成立を告げる太鼓を待ち望んでいた、街の人々の歓声が、そう聞こえたのだ。

 その音に包まれながら、エンチェルクは驚きに動けずにいた。

 自分の主人が、目を開けたことを喜ぼうとしたというのに。

 上から覆いかぶさるように、白髪の男がウメの唇を奪っていたからだ。

 彼女は、苦しげに眉を寄せている。

 男は、そんな様子にも構わず、なおも深く唇を重ね、動かしている。

「………!」

 エンチェルクは、耐えられなくなって動きかけた。

 この卑劣な男を、動けないウメの上から突き飛ばそうと思ったのだ。

 そんな彼女の身体を、止める者がいた。

 キクだ。

 彼女は、強くエンチェルクの腕を掴んでいる。

「何故!?」

 抗議の声を、ようやく音にしながら、彼女はキクの方を振り返った。

 キクは、目を閉じている。

「トーは…歌っているだけだ」

 目を閉じて──耳を澄ませている。

 歌う!?

 エンチェルクは、慌てて男を見るが、とても彼女の言うようには見えなかった。

「歌っているんだ…梅の身体の中で」

 痩せすぎたウメの身体が、弓なりにのけぞって、落ちた。

 ようやく、白髪の男はその唇を離す。

 ヒューっと。

 風が吹き抜けるような音を、その唇が流した。

 そのまま、何事もなかったかのように、男は扉の方へと歩き出すのだ。

「窓や扉を開けて…待っているよ」

 キクが、男に語りかける。

 小さくうなずいて、彼は出て行った。

 置いてけぼりのエンチェルクは、荒い息のウメに駆け寄りながら、彼女の無事を確かめる。

 一体。

 何を考えているのか、爪の先ほどにも分からなかった。
< 443 / 511 >

この作品をシェア

pagetop