アリスズ
×
「やっ…やめてくれっ!」

 突然、闇の中から――男の悲鳴があがった。

 反射的に、ダイは身構える。

 だが、完全に酔いも醒めていないというのに、キクはもっと素早かった。

 もう、声の方へと走り出していたのだ。

 走ると、余計に酔いが回るぞ。

 そんなダイの心配も、どこ吹く風。

 瞬時に、キクは異変を見分け、刀を抜かないまま、数人の男を鞘で斬り捨てた。

 鞘さばきが見事すぎて、そうとしか見えなかったのだ。

 倒れた連中も、斬られたと信じて疑わなかっただろう。

 その錯覚が、一瞬の空白を生んだ。

「去ね」

 生きている事実に呆然としていた男たちは、キクの鋭い声に尻を叩かれるように、逃げちらかしたのだった。

 残ったのは。

 腰を抜かした、男が一人。

 夜の町を歩くには、ひよわな身体だ。

 逃げた連中は、みな丸腰だった。

 ちょっとばかし、ガラの悪い町民だろう。

 夜に弱そうな男が歩いているのを見て、魔がさして絡んだ、というところか。

 キクもそれを分かっているのか、腰を抜かした男に視線も落とさず、ダイの方へと戻って来る。

 そんな彼女に。

「ま、待ってくれ! 君たち、知らないか? 夜に歌う男のことを!」

 へたりこんだまま、彼は声を裏返らせた。

 キクは、足を止める。

 心当たりが──ないはずがない。

 歌う男、というだけでも、キクはきっと足を止めただろう。

 夜に、とオマケがついた日には。

「その男に…何の用だ?」

 キクが、静かに問いかける。

「私は、その男を描きに来た! 私は画家なんだ!」

 ダイは、思わずキクを見た。

 彼女も、こっちを見る。

 奇妙な拾いものをしたようだ。
< 466 / 511 >

この作品をシェア

pagetop