アリスズ

 二つのベッドの、向こうとこっち。

 元々、ランプ1つという小さな明かりしかない部屋だ。

 消してしまえば、何も見えなくなるくらい。

 その上、景子はメガネを外すのだ。

 横になってアディマの方を見ても、顔がこっちを向いているんじゃないかな、くらいしか分からない。

「アディマ…怖い?」

 いろいろ聞きたいことのある中で、景子が一番最初に選択したのは、それだった。

 言葉が少なくて済むのもあるが、あんな事件がこれまで周囲で何度も起きているはずなのだ。

 とても、心穏やかではいられないだろう。

 微かに、黒い影がみじろぐように動く。

「…怖くないよ」

 ゆっくりとした答え。

 逆に、景子が怖かったのではないかと、心配しているようにさえ感じる音だ。

 ひとつ、深呼吸をして。

「アディマ…どこ…行く?」

 ついに、彼女はそれを聞いた。

 多分、こんな単語と。

 ようやく拾った言葉を、頭の中でつなげたのだ。

「遠く…─の向こうの──に行くよ」

 ゆっくりとした言葉で言ってくれたが、地域の名前なのか、はたまた別のものなのか判別できない。

 だが、まだ時間がかかるということだけは、最初の言葉で分かった。

「いいところ?」

 それは、アディマにとって、という意味だ。

 こんな、何かに命を狙われる旅が、そこに到着すれば終わるのか。

「……」

 よく、見えなかったけれども。

 アディマが、少し笑ったような気がした。

「うん…いいところだよ。そこで僕は───」

 また、分からなくなる。

 けれども。

 目的地が、いいところだと聞いて、景子はとても安心したのだ。

 そこでアディマは、この大変な旅から解放されるのだろう、と。

 そっか。

 つらいことも、苦しいことも、ちゃんと終わりがあるのだと分かれば、結構人は耐えていける。

 ほっとしたら。

 旅と精神的疲労で──眠くなった。
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